認知症の母にカメラを向ける葛藤 猛反響を呼んだドキュメンタリーの女性ディレクター、明かす
広島県呉市で暮らす認知症の母(87歳)と、妻を介護し家事も担う父(95歳)。東京で活躍するテレビディレクターの信友直子が、娘の視点から両親の姿を丹念に撮影したドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』(11月3日公開)のトークイベントに登壇。17日、フジテレビ本社で行われた本イベントで、病状が進行する母にカメラを向けて「いい画が撮れたと感じてしまう自分がいる」という、映像作家としての性(さが)や、母が認知症になって初めて気づいた家族の絆について赤裸々に語った。
本作は2017年にフジテレビ系で放送され、大きな反響を呼んだドキュメンタリー番組「ぼけますから よろしくお願いします。~私が撮った母の認知症1200日~」に追加取材、再編集を加え、劇場公開するもの。アルツハイマー型認知症と診断され自身の異変に不安に苛まれる母の姿、「老老介護」も厭わず買い出しや洗濯も担おうとする父、仕事に魅力を感じながら「介護離職」が頭をよぎる娘(信友監督)、支援を受ける介護ヘルパーとの微妙な関係など、認知症を抱えた家族の実相を生々しく伝える。
母を撮影することについて、信友監督は「最初、家族のプライベートビデオとして撮り始めたので、認知症になったから撮影をやめるのは、認知症は悪いものと母を否定することになる。それは違うと思い、撮り続けました」と説明。「わたしはディレクターとして、取材相手が『これ以上はやめて』というところまで踏み込んで作品を作ってきました。だから、わたしの番になって全部を見せないのは、取材した方にも申し訳が立ちません。いい画が撮れれば、相手が誰であろうとヤッターとも思ってしまう。自分の業の深さですね」とディレクターとしての葛藤、覚悟を明かす。
撮影する信友監督に対して「わたしばかり撮らないで」と怒りをぶつける母の姿も、本作には収められている。「娘としてやるべきことと、映像に収めること。画が撮れたら、次は娘として母の洗濯を手伝ったりするんです。娘として深みにハマると、どこまでも気分は落ち込んでしまう。わたしにとってカメラは、家族をいったん引きで見るための『深呼吸』でもありました」と信友監督。
「家族が認知症になって、得たものもたくさんある」という信友監督。「母を支えようとあんなに頑張る父って、いい男だなって見直しましたし、戦争で夢を諦めた父は、わたしの仕事に自分の夢を重ねて『おまえは仕事をしろ、こっちは2人で大丈夫』と言います。呉市でも上映されるのを楽しみにしていて『娘の映画が上映される。ワシが主役じゃ』って、近所に映画のチラシまで配ってますし、母も、昔通りの毒舌もあって、認知症になっても母は母のままだと感じます」と会場に語りかけた。この日、信友監督が着ていたオフホワイトのブラウスは、監督が高校生の頃ファンだったロックバンド、ゴダイゴのタケカワユキヒデの衣装を見本に、母が作ってくれたものだという。
その母は、今年9月に脳梗塞で倒れるも容態は良好で、家に戻るためリハビリ中とのこと。「いつまでも2人の楽しい日々を過ごしてほしい。わたしも仕事が一段落したら呉に戻ろうかと思い始めています」と新たな思いを口にしていた。(取材・文/岸田智)
映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』は11月3日より東京・ポレポレ東中野ほか全国順次公開