『ムーンライト』バリー・ジェンキンズ監督、話題の新作を語る
アカデミー賞作品賞を受賞した映画『ムーンライト』のバリー・ジェンキンズ監督が手掛けた話題の新作『ビール・ストリートの恋人たち』(2019年2月22日 日本公開)について、10月8日(現地時間)、ニューヨークのリンカーン・センターにあるアリス・タリス・ホールで開催されたイベントで語った。
本作は、ジェームズ・ボールドウィンの小説「ビール・ストリートに口あらば」を基に映画化。1970年代のニューヨーク・ハーレムに生きる若い二人の愛と信念の物語を、圧倒的な映像美と抒情的な音楽で描いている。19歳のティシュ(キキ・レイン)と22歳の彼女の婚約者フォニー(ステファン・ジェームズ)は、幸せな生活を送っていたある日、フォニーが無実のレイプ容疑で逮捕される。投獄後、ティシュの妊娠が判明。彼女は誕生する子供のために、自分の家族と弁護士のサポートを受け、フォニーの無実を証明しようと奔走する。ティシュの母親シャロン役をレジーナ・キングが、フォニーの友人ペドロシート役をディエゴ・ルナが演じている。
2003年~2004年にかけて、オプラ・ウィンフリーの制作会社Harpo Filmsで働いていたというジェンキンズ監督。「当時の僕は、テレビ映画『彼らの目は神を見ていた』にアシスタント・ディレクターとして関わっていたよ。あの作品はスーザン=ロリ・パークスらが脚色し、ダーネル・マーティンが監督を務めたが、僕自身は彼らの仕事ぶりや脚色過程を見ながら、(映画製作の)基礎を学んでいたんだ。その後、僕は近所に住むタレル・アルヴィン・マクレイニーの原案を『ムーンライト』として映画化したんだけど、実は同時期に『ビール・ストリートに口あらば』の脚色も進めていて、約2か月間でこの2作の脚本を書いたんだ。『ムーンライト』は、僕の家族に近い黒人家族を描き、今作はまた別の黒人家族を描いている。ジェームズの原作の言葉はとても映像的で、僕自身が余計な脚色をせずに、そのまま映像化すればうまくいくと思ったよ」と『ムーンライト』と同時期に本企画が進められていた驚きの事実を明かした。
キャスティングについては「脚本を書いている時点では、俳優を想定して書くことはまれで、個人的にはオーディションの過程で、俳優が自分こそがこの役に適していると、歩み寄ってきてほしいと思っているんだ。今作のキャスティング過程では、知名度のある俳優や演技経験の豊富な俳優を見てきたが、最終的に誰がそれぞれの役になりきれるかと判断したとき、ティシュの役は(ほぼ演技経験のない)キキ・レインしかいなかったんだ。フォニー役のステファンの仕事ぶりは映画『グローリー/明日への行進』『栄光のランナー/1936ベルリン』などで知っていたけれど、今作で彼が披露している演技は、これまでの彼の作品とは全く異なっているから、彼にはまだ僕らに見せていない部分を今作で見せてほしいという期待を込めてキャスティングしたんだ」と明かした。
最後に、観客に特に鑑賞してほしい部分をきいてみると「まず、純粋なラブストーリーと、現実的な黒人の人生、コミュニティーなどを観てほしいね。次に、黒人意識運動(1960 年代末から1970年代にかけて学生を中心に広がった意識改革の思想と運動)の中で、当時の黒人たちは(人種差別によって)喜びや楽しみが一瞬で奪われてしまった時があった。だから、ティシュとフォニーのラブストーリーと当時の黒人の(人種差別の)現実など、高低差の激しい波のような感情を味わってほしいんだ」と語った。(取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)