ブラックホールの神秘と恐怖…クレール・ドニ監督、衝撃のSF映画語る
『パリ、18区、夜。』(1994)、『ネネットとボニ』(1996)などで日本でも多くの熱狂的なファンを持つフランスのクレール・ドニ監督が、初めてSFジャンルに挑んだ最新作『ハイ・ライフ』(4月19日公開)について語った。長編映画では『ガーゴイル』(2001)以来、実に17年ぶりの日本劇場公開作となる。
舞台となるのは、宇宙空間での怪しげな生殖実験のモルモットに志願した若い死刑囚たちと女性科学者が乗る宇宙船の内部。一部のフラッシュバックを除くと、ほぼすべてのシーンをセットで撮ったことからしてドニ監督としては異例の作品だが、デジタル視覚効果が隆盛のこの時代に“実際にそこにあるものをカメラで写し取る”伝統的なスタイルでSF映画を完成させたことも興味深い。「撮影中に屋外のロケーションを懐かしんだりすることはありませんでした。そもそも自然光が存在しない宇宙船という空間での物語ですし、シナリオどおりに設計されたセットにおいて、昼も夜も自分たちが作り出した光の中で作業を行うことに大きな喜びを感じました」。そう語る監督は「視覚効果を使うという発想すらありませんでした。私はただ自分が作りたい映画を作り、宇宙船における人間の存在について語りたかっただけなのです」という。
ロバート・パティンソンふんする禁欲的なモンテを始めとする死刑囚たちは、実験に参加することで刑の執行を逃れ、長く生き延びる可能性を得た。しかし監督は「それは恐ろしい可能性です」と語る。「なぜなら、この監獄のような宇宙船の閉鎖空間では、そこで生きる精神力や肉体の抵抗力も含め、すべての実験が施される。しかも彼らは地球に戻れないことをわかっているのです」
この宇宙船がいかに地球上とは異質の極限状況であるかは、現在と過去を行き来するストーリーラインの複雑な時間感覚でも表現されている。「地球からあまりにも遠い太陽系の外に出て、ブラックホールへと向かうこの宇宙船は、光速に近いスピードで航行しています。そんな場所での物語を語るために、時間の経過という効果を意識しました。登場人物が宇宙船で生きる5年間は、地球上の30年間に相当するのです」。随所に盛り込まれた過激なバイオレンスやエロティックな描写に目を奪われがちだが、こうした監督の並々ならぬ細部へのこだわりが本作を唯一無二のSF映画たらしめている。
宇宙船の最終到達地点は、未だ謎多きブラックホールだ。最後まで生き延びたある2人のキャラクターがたどる運命は、観客のさまざまな解釈を呼び起こすだろう。「もしも年老いた犬が永遠に宇宙をさまようような終わり方なら悲しいでしょうが、この映画はまったく違います」。そう切り出した監督は「ブラックホールは無限であり、時間も空間も消えてしまう場所。それを前にした二人は、勇気をふるってある選択をします。とても精神的に強く、美しいエンディングです」と断言する。
そして最後に監督は、商業映画の決まり事やジャンルの定型に束縛されない映画を撮り続けることができる自身の原動力について語った。「映画作りの最中には無意識が働くこともありますが、脚本執筆からキャスティング、撮影、編集まで、すべての段階に自分の意図や意志が反映されています。ただ漠然と“映画を作りたい”だけでは駄目で、そんな監督のためにお金を集めてくれる人はどこにもいません。自分でアイデアやプロデューサーを見つけ、絶対に映画を作りたいという意志を持つことが大きな原動力になるのです」
衝撃的な結末も含め、ドニ監督の強靱な意志と創造力に貫かれた映像世界は、スクリーンで観てこそ伝わる野心作となっている。(取材・文:高橋諭治)
映画『ハイ・ライフ』は、4月19日よりヒューマントラストシネマ渋谷、ユナイテッド・シネマ豊洲ほか全国順次公開