中井貴一、掛け持ちはしない 一作入魂の役者人生
構想13年、三谷幸喜監督が満を持して贈る最新映画『記憶にございません!』で、記憶喪失に陥った不人気総理・黒田啓介を熱演している中井貴一。三谷ワールド全開のなかで、コミカルとシリアスを巧みに演じ分けるその老練な表現力は、まさに役者人生38年の努力の賜物だ。「生涯をかけて『俳優・中井貴一の一生』という映画を監督するつもりでこの世界に入った」という中井が、これまで守り続けてきた自らのポリシーについて語った。
【動画】不人気総理が記憶喪失に!『記憶にございません!』予告編
映画『連合艦隊』(1981)で俳優デビューして38年、これまで時代に迎合することなく、年齢や経験を重ねながら、役者としてのスキルを地道に磨き続けてきた中井。今も主役として活躍し続けるその原動力を探ってみると、1つの壮大な「夢」と、1つの揺るぎない「掟」が見えてきた。「この世界で生きていくんだと決めたときに、僕は『俳優・中井貴一の一生』という映画を撮り続ける監督になろうと思ったんです。つまり、僕が出演する作品は、この壮大な映画のワンカット、ワンシーンであり、それを丹念に積み上げていくことで完成させようと。だから、まだまだ、道半ばなんですよね」
自身の人生を映画になぞらえるあたりが実に中井らしいが、その夢を実現するために、彼はどんなことがあっても守らなければならないルールを自らに課した。「それは、仕事を決してぞんざいに扱わないということ。具体的に言えば、掛け持ちは絶対にしない、1本お引き受けしたら、その作品だけに集中する。オファーをいただいた方にはすごく横柄に見えたかもしれませんが、これだけは今も守り続けています」
確かに、スケジュールを縫って掛け持ちすることは、世の常として決して不義理なことではない。ところが中井は、それを頑なに許さない。「やりたい役が重なって悩んだこともありますが、それでも1本に絞るというスタンスは崩さなかった。それは、自分の名声を上げるとか、お金をたくさんもらうとか、そういうこととはかけ離れたもの。どんなに小さな役でも『自分の作品を残す』という思いは同じなんですね。とにかく『1本に懸ける気持ち』を大切にし、そこから必ず何かを得ようと。40年近く仕事をいただけたのも、その変わらぬ姿勢があったからかもしれません」
さらに中井は、役者としての立ち位置についても言及する。「何か奇をてらったことで注目を集めようとか、そういう発想も持ったことがありません。ベテランになった今も現場に入るとドキドキするし、先輩ヅラしたり、大物ぶったり、自分にはできないんですよね。逆に、菅田将暉くんとか、山田孝之くんとか、有能な後輩を見ると、『なんかすごいな』みたいな感じで尊敬してしまう自分がいる。いつまでたっても役者という仕事に慣れない気持ち、それが今の自分を作っているのも確かですね」と笑顔を見せた。
そんな中井が盟友・三谷監督とタッグを組んだ最新主演作『記憶にございません!』が今月13日より全国公開される。中井演じる黒田総理が、演説中に石を投げられ頭に命中。記憶喪失に陥ったことからドタバタ劇が展開するのだが、三谷作品史上、最高に笑える作品に仕上がっている。「とにかく脚本が素晴らしい。僕はただ、物語に沿って黒田総理を真摯に演じただけ。それを笑いの世界に導いてくれたのは、三谷監督の手腕」。そう謙遜しながらも、本作に自信をのぞかせる中井。映画館は、幸せな笑いで包まれること請け合いだ。(取材・文:坂田正樹)