“第2のカメ止め”の呪縛…『メランコリック』監督が抱くジレンマ
今月3日より劇場公開され、連日大盛況となっている映画『メランコリック』。内容が全く異なる作品でありながら、無名の新人監督による低予算の自主制作映画、さらに国内外の映画祭で絶賛を受け、SNSなどの口コミによって注目された経緯が似ていることから、『カメラを止めるな!』(以下『カメ止め』)に続く作品としてカテゴライズされることが多い。メガホンを取った田中征爾監督が“第2のカメ止め”という呪縛について思いを語った。
深夜に風呂場を“人を殺す場所”として貸す銭湯が舞台
本作は、第31回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門監督賞、イタリアの第21回ウディネ・ファーイースト映画祭ホワイト・マルベリー賞(新人監督作品賞)などを獲得した田中監督の長編映画デビュー作。名門大学を卒業しながら、ニート生活を送る鍋岡和彦(皆川暢二)は、高校時代の同級生に勧められ銭湯でアルバイトを始める。だが、一見平和そうに見えるその銭湯は、閉店後の深夜、風呂場を“人を殺す場所”として貸し出していた……。
田中監督と和彦役の皆川、金髪の殺し屋・松本役の磯崎義知の3人で立ち上げた映画製作ユニット「One Goose」(ワングース)の記念すべき第1作となった本作は、“銭湯で人殺し”という設定がキャッチーな要素となっているが、意外にもこのアイデアは、最後の最後に決まったものだと田中監督はいう。
「当初、殺しの舞台は採石場で、内容も社会問題を切り取った、かなりドギツイものだったんです。ただ、面白い映画を作るためのツールとして、軽々しく社会問題を扱うことはどうなんだろうと、僕のなかでは抵抗があった。そんなときに磯崎から『銭湯はどうか』と提案があり、元のシナリオに組み合わせてみると、これがとにかく面白くて、一気に書き上げることができました」と述懐する。
また、主人公・和彦は、田中監督自身をモデルにしているそうで、同窓会のシーンはまさにその象徴。「僕が出た高校が進学校だったのですが、卒業して10年ぶりに再会すると、医者になったとか、弁護士になったとか、大手商社マンになったとか、検察官になったとか、かなり偉くなっている人がいるわけですよ。そんななかで、僕は『売れない脚本家です』としか言えなくて(笑)。その恥ずかしさをデフォルメして、作品に入れ込んだりしています」と裏話を披露する。
“第2のカメ止め”のメリットとデメリット
田中監督自身の体験を投影したオリジナリティーあふれる本作は、間違いなく映画の新たな扉を開いた。ところが、インディーズ映画がどんどん力をつけていくその過程が『カメ止め』に似ていることから、“第2のカメ止め”というくくりのなかで紹介されるケースがどうしても多くなる。
これに対して田中監督は「自分たちが率先して“第2のカメ止め”と発信したわけではないのに、そういう報道が出ると、読者の方には僕らがそういうアピールをしているかのように映るんですよね。それはすごく嫌だなと。第一、この映画を作っているとき、『カメ止め』はまだ世に出てなかったわけですから、意識しようがないんです」と吐露。
さらに、作風の違いが曖昧になってしまうことにも頭を悩ます。「この映画は人間同士の会話を重視した映画なので、『カメ止め』のような“動きのある映画”を期待される方には肩透かしになるかもしれない。そういった意味でも“第2のカメ止め”という表現は、観る前にフィルターをかけてしまうので、ちょっとつらい。『カメ止め』にラッピングされてしまったところは、どうしてもデメリットを感じてしまう」と赤裸々に語る。
ただ、良いこともあるそうだ。「やはり、レールを敷いてれたことは大きいですね。“第2のカメ止め”といわれているからこそ、観に来てくれるお客様もいるのは事実。(『カメ止め』は)インディーズ映画でも、コアなお客さまだけでなく、一般のお客さまが楽しめる作品が生まれるんだ、という認識を日本中に広めてくれた作品でもあるし。そういう意味では『カメ止め』の呪縛はありつつも、その呪縛がなかったら、この映画がここまで世に出られたかどうかはわからなかった、というのはありますね。あとは上田(慎一郎)監督をはじめ、彼らの宣伝手法などは本当に参考になった」と笑顔を見せる。
「目指すところは、面白い映画を作ること。これは、僕も上田監督も同じだと思う」と語る田中監督。作風はまったく違うけれど、これから日本映画界を面白くしてくれる新たな“才能”が産声を上げたこと、これだけは間違いないようだ。(取材・文:坂田正樹)
映画『メランコリック』はアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、イオンシネマ港北ニュータウンほか全国順次公開中