もう一度観たくなる!『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』トリビア集
クエンティン・タランティーノ監督の映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が好評だ。レオナルド・ディカプリオ演じる架空のキャラクター、リック・ダルトンが『大脱走』(1963)の主演候補に挙がっていたとか、リックのスタントマンで、やはり架空の人物クリフ・ブース(ブラッド・ピット)がブルース・リーと撮影現場で対決するとか、映画ファンの心をくすぐる要素がたっぷりあるのだから、当然だろう。だが、さすがタランティーノとあって、うっかり見逃してしまうところにもお宝はたくさん隠されている。そのいくつかを見てみよう。(Yuki Saruwatari/猿渡由紀)
今作の舞台は、1969年の2月から8月。映画には、細かいところまで、いかにもその頃を感じさせる要素がちりばめられている。たとえば、ラジオ。今作には運転のシーンがたびたび出てきて、そこでは必ずラジオが大きな音で流れているのだが、当時のヒット曲だけでなく、コマーシャル、天気予報なども聞こえてくるのだ。街中の広告もまた面白い。あるシーンで出てくる「She’s Top Banana Joanna」という広告は、1968年のイギリス映画『ジョアンナ』のものである。
リックが悪役で出演することになる西部劇「Lancer」(対決ランサー牧場)も、1968年に放映開始した実在のテレビドラマ。もう一つの劇中劇で、リックとクリフがリックの自宅で見る「The F.B.I.」も、この頃アメリカのテレビで実際に放送されていた。また、アル・パチーノのセリフには「The Man from U.N.C.L.E.」(0011ナポレオン・ソロ)、「バットマン&ロビン」などが出てくる。
映画の初めでシャロン・テート(マーゴット・ロビー)とロマン・ポランスキー夫妻が、後半ではリックが乗る飛行機PAN AMは、今はなきパンアメリカン航空だ。1991年に経営破綻してしまったが、当時はザ・ビートルズやマリア・カラスなど大物セレブをしょっちゅう乗せていた。
店も、実在のものが多数出てくる。映画の最初の方に登場する Musso & Frank Grill では、ウェイターは今でも同じ制服を着ているし、映画の最後でテートと友人らが訪れるメキシカンレストランのシーンは、同じ店の、実際に彼女らが座った席で撮影された。ところで、そのシーンでテートは向かいのポルノ劇場について言及するが、そこは現在New Beverly Cinema と呼ばれている映画館(ポルノではない)で、タランティーノが所有している。
と、楽しいトリビアを述べてきたが、ここからは少しダークな部分に触れてみよう。劇中では、何度か、クリフが妻を殺したのに逮捕されることもなく逃げ切れているということが語られる。彼はボートから妻を落っことして殺したとのことで、妻の名前はナタリーだ。これは、女優のナタリー・ウッドを重ねているものと思われる。ウッドは1981年、L.A.からほど近いカタリナ島沖でボートから落ち、溺れ死んだのだが、その事件は謎に満ちたまま。昨年、警察は、彼女の夫で俳優のロバート・ワグナーをあらためて容疑者に挙げている。
そしてもちろん、チャールズ・マンソンとその“ファミリー”。興味深いことに、映画にマンソンはほとんど出てこない。クリフがリックのアンテナを直すために屋根に登った時に、道に停められたバンに気付く場面から始まるシークエンスのみだ。しかし、スパーン映画牧場でマンソンの女たちは「チャーリーは今、サンタバーバラに行っていてここにいない」と言うし、映画の最後、8月8日の夜、実行犯たちが車の中で“チャーリーに指示されたこと”を確認するシーンもある。
また、前述の場面でバンから出てテートの家を訪れたマンソンは、出てきたジェイ・セブリング(エミール・ハーシュ)から、「テリーとキャンディはもうここに住んでいない」と言われるが、このテリーとはザ・ビーチ・ボーイズのレコードなどを製作した音楽プロデューサーのテリー・メルチャー、キャンディは彼の恋人だったキャンディス・バーゲンのことだ。メルチャーはマンソンと知り合いで、マンソンは彼のもとでレコードデビューを狙っていた。
一方で、セブリングは、当時、最もセレブに愛されたトップヘアスタイリスト。スティーヴ・マックィーンも彼の顧客だった。テート夫妻がプレイボーイ・マンションでのパーティーを訪れた時、マックィーンとセブリングが一緒にいるのはそのためである。その横にいるミシェル・フィリップス、またパーティでテートが「キャス!」と声を掛ける、赤いドレスを着たダークな髪の女性キャス・エリオットは、フォークグループ、ママス&パパスのメンバーだ。
これら著名人を演じる役者が実に本人そっくりなのはお見事。それはマンソンの“ファミリー”たちについても同様なので、機会があれば、写真を見比べてみると面白いだろう。ところで、その女たちのうちの一人、フラワー・チャイルドを演じるマヤ・ホークは、ユマ・サーマンの娘である。サーマンがタランティーノの監督第2作『パルプ・フィクション』に出たのは1994年で、マヤはまだ生まれていなかった。それどころか、サーマンはマヤのパパとなるイーサン・ホークと出会ってもいなかったのである。今作は、タランティーノの9本目の映画。それだけの時間が経ったということだ。こんなところでも、少し感慨深くなってしまうではないか。
映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は公開中
お詫びと訂正:初出時の人名に誤りがありました。お詫びして訂正致します。