ヒット続く蜷川実花監督、必要なのは「自信を持つための準備」
興行収入10億円を突破した『Diner ダイナー』に続く新作映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』の公開を間近に控える写真家、映画監督の蜷川実花。本作で目指したのは、「小栗旬を主演に“色男の決定版”を作り上げること」。天才作家である一方、恋のうわさが絶えず自殺未遂を繰り返し“破滅型作家”と呼ばれた太宰治の人生に焦点を当てた理由、そして複数の企画を同時進行した怒濤の1年半を振り返った。
太宰と言えば、「斜陽」「走れメロス」「人間失格」などの名作小説を生み出し、38歳の若さで心中した伝説的な作家。蜷川監督いわく、私生活では「“キング・オブ・ダメ男”でありながらも人間味あふれ圧倒的にチャーミングな人」。その太宰をどう描くのか。蜷川監督は太宰の人生を調べていくうちに、彼の妻と2人の愛人の手記と出会い、彼女たちの視点を交えて描くことを思い立った。重要だったのは、第一にキャスティングだったという。太宰の正妻役に宮沢りえ、2人の愛人に沢尻エリカ、二階堂ふみ。坂口安吾役の藤原竜也、三島由紀夫役の高良健吾、編集者役の成田凌と男性キャストも人気俳優が集結した。
中でも、太宰役の小栗は監督たっての希望により、2年ほど前から交渉。彼のスケジュールが空くのを待って撮影開始するほど、小栗の出演は絶対的な条件だった。「小栗君ってすごくかっこいいし、スーパースターだけど、いわゆるヒーローじゃないイメージも観たいと思っていて、本人もそう思っているのではないかと勝手に想定して。スターである彼にしか見えない世界、景色というのがきっとあるはずで、そこは太宰とうまくリンクするのではないかという思いもありました。小栗君とはクランクイン前に、お互いの恋愛観をはじめいろいろな話をしました。同じモノづくりをする者としての側面と、家庭があることの折り合いをどうつけるか、といったことも」。
そうした監督とのディスカッションを経て、小栗は自らの提案で減量も行い役に打ち込んだ。何といっても見せ場は、宮沢、沢尻、二階堂を相手にしたラブシーンだ。小栗は「大丈夫、君は僕が好きだよ」といった殺し文句をさらりとこなし、監督の期待に応え、女性たちを魅了する“世紀の色男”を軽やかに演じてみせた。「『人間失格』『太宰治』といったワードを聞くと、自分とはまるで関係ない話のように思う方もいるかもしれないですよね。それは(殺し屋を描いた)『Diner ダイナー』も同じで。そういったときに女性として『わかる!』というポイントを必ず詰め込みます、戦略的にというより、まず自分が見たいし、ウキウキしたり、夢心地になりたいという心理が働いているのかもしれません(笑)」
そんな本作は7年前から企画として浮上していたというが、同時期に『Diner ダイナー』(藤原竜也主演)、Netflixオリジナルドラマ「FOLLOWERS」(中谷美紀主演・2020年配信予定)の制作も決定し、多忙を極めることとなった。「たまたま3作品の撮影タイミングが重なって、とんでもない勢いで撮ることになってしまって……。常に三つ巴状態の嵐のような1年半でした(笑)。でも、それが監督としての強化期間にもなって、ますます監督業にハマっていきました。『Diner ダイナー』をやったから『人間失格 太宰治と3人の女たち』に少し余裕をもって臨めたところもありますし、『人間失格 太宰治と3人の女たち』をやったから長丁場の「FOLLOWERS」も乗り越えられたのかな、と」
長編映画監督デビュー作となる『さくらん』(2007・土屋アンナ主演)をはじめ、これまでに手掛けた映画は4本。第2作『ヘルタースケルター』(2012・沢尻エリカ主演)は興行収入21.5億円のヒットを記録した。成功のカギは? と問うと、「わたしは助けてもらう力が強いんだと思う(笑)」とのこと。「決して『わたしについてきて』といったようなリーダーシップはなくて、おそらく誰に聞いても『実花さんは現場でも普段と変わらない』と言うと思います。ただ、やりたいことがはっきりしているので現場での判断は早いです。それと、これは『さくらん』の時に痛感したことですが、どんな場面でもプレッシャーを感じることなくベストパフォーマンスをするには、自信を持てるだけの準備が必要。基本的に、全て完璧にそろった状態でスタートするようにしていて、小栗君も(藤原)竜也も『こちらはこれだけ準備したんだからあとは自由にやりなさい、という感じが故・(蜷川)幸雄さんに似ている』と言っていました(笑)」
カリスマ的写真家として活躍する一方、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事に就任した蜷川。多忙な日々はまだまだ続きそうだ。(取材・文:編集部・石井百合子)
『人間失格 太宰治と3人の女たち』は9月13日より全国公開