尾上克郎が「いだてん」オリンピックで駆使した画期的テクニック
NHK大河ドラマ「いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~」(総合・日曜20時~ほか)のVFX(視覚効果技術)スーパーバイザー、尾上克郎が、臨場感たっぷりに描かれるオリンピック・シーンについて「ストックホルムのスタジアムが映るカットのほぼ全てにVFXで手を加える必要があった」など、驚きの製作秘話を明かした。インタビューには、チーフ演出の井上剛、VFXプロデューサーの結城崇史も同席した。
オリンピックを軸に、明治・大正・昭和の激動の時代を駆け抜ける本作。日本人初のオリンピック選手の金栗四三(かなくり・しそう/中村勘九郎)、オリンピックを日本に招致した男、田畑政治(たばた・まさじ/阿部サダヲ)を主人公に据え、日本が初参加した1912年のストックホルム大会、人見絹枝が日本人女性初のメダリストとなる1928年のアムステルダム大会、田畑率いる水泳チームが大躍進した1932年のロサンゼルス大会などが描かれてきた。15日放送の第35回では、1936年のベルリン大会が開幕する。
映像の製作において「一番難しかったのは、ストックホルム・オリンピック(第11回放送ほか)でした」という尾上。「井上さんから『昔のスタジアムが今も残っていて、ここで当時の記念写真と同じアングルで金栗たちの入場シーンを撮りたい』というお話があり、脚本には『2万人の観客』と書いてある。そんな数のエキストラは使えるわけないし、フィールド内は今、サッカー場に変わっていて、当時はなかった電光掲示板などもある。これは僕らが全部(VFXで)やるんだな、大変だなと思いました」と山積みの課題に辟易した当時を振り返る。
長らく「戦隊もの」など、数々の特撮ドラマで「操演」(ミニチュアの操作や特殊効果)を担当し、映画『シン・ゴジラ』の准監督・特技統括や、実写版『進撃の巨人』の特撮監督としても手腕を振るった尾上は、早い時期からプリヴィズ(プリビジュアライゼーション)を使って準備を始めたと話す。
プリヴィズとは、尾上いわく「実際の撮影を行う前に、CGで芝居場のバーチャル空間を作り、その中で俳優の動きやカメラのポジション、カット割り、エキストラの配置などをコンピュータの中で事前にシミュレーションをしておく手法で、特に撮影時間に余裕がない海外ロケやVFXが多い場面では非常に有効だと思います」。これはハリウッドなどでも使われ、日本のドラマでこれほど大規模に使ったことは初めてだという。俳優たちの背景になるスタジアムはCGに置き換えられ、スタジアムを埋めた数万の観客たちも、モーションキャプチャ(人の動きをコンピュータに取り込む手法)によってリアルな動きを与えられたCGエキストラによるものだ。
主人公を田畑にバトンタッチした第二部。ロサンゼルス大会(第29~31回放送)では、日本水泳陣が活躍する競技用プールが、熱戦の舞台に変わる。尾上はロス大会は「ストックホルムのように当時のプールが残っていないので、プリヴィズを使うにしろ、まずプール選びが問題だった」という。本大会は屋外のため「撮影場所も屋外プール。撮影時期が冬だったので、できれば温水プールで」という条件で、中京大学のプールを探し出した。「昔の面影がある白いタイル貼りで、これにCGで客席スタンドや背景のスタジアムを加えました。いわばストックホルム大会の応用編で、スタッフもストックホルムを乗り越えた自信から作業も速くなりました」と笑う。
続くベルリン大会も、ロサンゼルスと同じ中京大のプールを使用して競技会場の映像を構築したというが、印象や趣きはかなり異なって見える。その秘密を、尾上は「海外部分は普段使っているカメラも変えていますし、HDR(従来のSDRより、はるかに広い幅で明るさの表現を可能とする技術)の持つ表現力を利用して、ロサンゼルスは太陽を意識し、極端に色彩豊かに。ストックホルムやベルリンはヨーロッパ調のシックなトーンで。といったふうに、国や場所で色調を変えているんです。日本も当時の暗い世相を反映し、ダークにしました」と明かした。
これを聞いた結城プロデューサーは「尾上さん自身、演出家としての目線をお持ちで、CGやVFXの技術的な解決策だけでなく、クリエイティヴな提案をちゃんとしてくれるところに、井上さんと尾上さんのいい関係が出来上がっていると思います」と2人の労をねぎらうと、チーフ演出の井上は「当初、(本作は)壮大な夢のような物語で、夢で終わっちゃうかも、と思うこともありました。VFXがなかったら本当に1カットも撮れていないでしょう」と力を込める。
尾上は「VFXがどうって、あまり気にしないでほしいです。僕らはあくまで裏方なのでみなさんが意識せずドラマに集中できるのが一番いい仕事だと思っているんです」と職人気質をのぞかせた。(取材・文/岸田智)