なぜ7時間18分の映画は生まれた 鬼才タル・ベーラ監督が語る
2011年の『ニーチェの馬』を最後に映画監督からの引退を表明したハンガリーの鬼才タル・ベーラ監督が14日、渋谷のシアター・イメージフォーラムで行われた映画『サタンタンゴ』来日記者会見に出席し、本作の上映時間が7時間18分となった理由を語った。
監督が1994年に発表した本作は、ハンガリーの小説家クラスナホルカイ・ラースローの同名小説が原作。経済的に行き詰まったハンガリーの小さな村に、死んだはずの青年イリミアーシュが戻ってきたことで戸惑う村人たちの姿を描く。現在は映画監督からの引退を表明している監督だが、4Kデジタル・レストア版による本作の初上映に合わせ、映画監督として『ニーチェの馬』以来、約8年ぶりの来日を果たした。
7時間18分という圧巻の上映時間に「映画が1時間半くらいであるべきなんて誰が言ったんだ。そんなことにはファック・オフだと考えていた」と語る監督は、「この作品にとって風景は重要であり、人生の一部である。風景には顔があり、存在感がある。水や雨、風、といった自然は、こういった複雑なものを捉えようとする作品を描くときに無視してはいけない。最近作られているような映画は、一直線でストーリーテリングが語られているような気がしている。だが、収益や市場のためと考えて作る作品でないならば、人生とはどういうものかを見せたい。そのために自然や空間をしっかりと捉えなければいけない。その結果、7時間以上におよぶ作品となった」と説明する。
準備期間は9年、撮影に2年、完成までには4年をかけたという。撮影当時を振り返った監督は「よくは覚えていないが、OKテイクが撮れれば、かかった時間とか、そのことはどうでも良くなってしまう。自分が撮ろうとするものは、リアルなもの、命を感じるもの、生命観があふれるようなものだが、そんな瞬間を撮るために戦っているわけなんだ」と苦労をみじんもにじませずに語る。
さらに今回の4Kデジタル・レストア版では、4万フィートにもおよぶオリジナル35ミリネガプリントを4Kスキャンし、300時間以上かけて傷や汚れを取り除きながら、質感はオリジナルフィルムに可能な限り近づけた。「今まで誰にもデジタル化の許可は出していなかった。だが、25年間という月日が過ぎて、やってみようか、という気持ちになった」という監督は、自ら全てのコマをチェック。「その結果、かなりフィルムの『サタンタンゴ』に近いものが出来たと自負しているが、どうしてもフィルムとは同じものにはならない。デジタルではできないこともあるから。それでもベストな近似値というものは達成したんじゃないかと感じている」と語った。
「語りたいことは語り尽くした」という理由で、『ニーチェの馬』を最後に映画監督からの引退を表明している監督だが、だからと言って「クリエイティビティーをあきらめたわけではない」とキッパリ。「今は映画学校で若い世代の作家を育てていているし、それ以外にもアムステルダムで大規模なエキシビジョンなんかも行っているからね」と現在も充実した日々を送っていることを明かした。(取材・文:壬生智裕)
映画『サタンタンゴ』はシアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開中