福山雅治、変化したデビュー当時への思い 主演映画のテーマに共鳴
アーティスト・俳優として心に残る作品を世に送り出し続けている福山雅治。公開中の映画『マチネの終わりに』では、天才クラシックギタリスト・蒔野聡史を演じている。石田ゆり子演じる国際的ジャーナリストの小峰洋子との6年にわたる愛の軌跡を描く本作では、「未来が過去を変える」というテーマで、観客の心に多くを訴えかける。「僕自身にも思い当たるところがある。すごくいい言葉」と語った福山が、思わぬ形で歩み始めたデビュー当時を振り返った。
芥川賞作家・平野啓一郎の同名恋愛小説を映画化した本作。福山が「ラブストーリは、映画では経験がなく、ドラマでも2000年以降演じていなかった」と話すように、1990年代に月9などのトレンディドラマが続く時期もあったが、意外にも恋愛映画での主演は初。久々の「恋する男」が新鮮に感じられる一方で、天才がスランプに陥り、人生の苦悩や葛藤に直面する姿が哲学的に表現される側面にも惹きつけられる。
特に物語のなかで、蒔野が洋子に語る「人は変えられるのは未来だけだと思い込んでいる。だけど、未来は常に過去を変えている」といったセリフは、作品全体のテーマともいえる。「おそらく誰もが漠然とそう思っているはずなのですが、平野さんが明確に言語化してくださった。僕自身もそう思うことがあるし、いい言葉だなと思いました」と福山の琴線に触れたようだ。
続けて「過去に起こった出来事をなかったことにしたり、その出来事を変えたりすることはできないけれど、見方や捉え方、角度を変えてみることはできる。そのときはネガティブに思ってしまっていたことでも、その後の生き方と解釈次第で、過去も肯定できると思うんです」と、この言葉の意味を分析する。
そして、「自分の過去を振り返ってみると、割とこうした思いで過ごしてきたのではないかと思います」と自身の経験にも重ねた。「音楽をやりたいと上京してきた18歳当時、きっかけが掴めずに燻っていた。そのときに、(福山が現在所属する)アミューズが設立10周年で行なっていた映画企画『アミューズ・10ムービーズオーディション』に応募したんです」
福山は1988年にそのオーディションで合格し、映画『ほんの5g』で俳優デビュー。ミュージシャンではなく俳優としてスタートすることになったことに、当時はその決断が正解かどうかはわからなかったというが「とにかく音楽だけがやりたいんだ、という思いで別の事務所やレコード会社を探していたら、今とは全く違う人生になっていたかもしれません。もしかしたらデビューすらできていなかったかもしれない」と振り返る。
そうして俳優業をポジティブに捉えて未来に向かって進んでいったことで新たな道が開き、「ひとつ屋根の下」(1993)の“ちい兄ちゃん”で人気を博し、「いつかまた逢える」(1995)、「パーフェクトラブ!」など月9主演を中心にしたトレンディドラマでブレイク。1990年にシングル「追憶の雨の中」で歌手デビューし、1992年に自身が出演したTBS系ドラマ「愛はどうだ」の挿入歌となった5枚目のシングル「Good night」がスマッシュヒットを記録。ミュージシャンとしても成功を収めたことで「今思えば、あの始まり方はベストだったんだなと思えるんですよね」と、過去の自分も肯定できるように変化していったという。
今日に至るまでミュージシャン、俳優として第一線で活躍し続ける福山だが、「常に迷いながらの人生」だと言う。「どんな曲が求められているのか、どんな映画やドラマに挑戦するのがいいのか、ずっと模索しています。わかっているのは、結果はやってみないとわからないということだけです」と苦笑い。豪放磊落(ごうほうらいらく)に感じられる福山には意外な一面のように見えるが「人の評価も気になります。人は人だから関係ないというタイプではないです」と自己分析する。「でも、だからと言って、人の評価によって自分をアジャストさせるということはありません。客観的に『自分はこう見られているんだな』と顧みるための参考にさせて頂いているという感覚です。自分が自分をどう分析し、どう決断するのか?最終的な判断の仕方は変わらないですね」と揺るがぬ信念ものぞかせた。
劇中、福山演じる蒔野はスランプに陥るが「僕は創作活動をする際、作ろうと思わないと出てこない便秘気味なタイプなんです(笑)。いつも苦悩しながら絞り出している。スランプというのは、成功した時の残像がまだ自分の中に残っているから陥るものなのではないでしょうか。蒔野と違って僕は天才肌ではないので、あまりスランプという感覚がわからないんですよ」と笑い飛ばす。
稀代の国民的スターでありながら、非常に人間臭い一面も見せる福山。そんな彼が演じるからこそ、蒔野というキャラクターが多面的で魅力的に感じられるのだろう。(取材・文:磯部正和 撮影:日吉永遠)