松田龍平「驚いた」受賞スピーチ 思わぬ試練と格闘した『影裏』の裏側
俳優の松田龍平が、新作映画『影裏』(読み:えいり 公開中)で海外の映画祭で初の個人受賞を果たした時の思いや、綾野剛、大友啓史監督と共に濃密な時間を過ごした盛岡ロケを振り返った。沼田真佑の第157回芥川賞受賞作を、大河ドラマ「龍馬伝」や映画『るろうに剣心』シリーズなどの大友啓史監督が映画化した本作で、松田は複数の人間によって異なる顔があぶりだされていく、謎めいた青年を演じている。東京都出身の松田が、岩手の方言にも挑んだ。
本作は、転勤をきっかけに全てを捨てるように岩手・盛岡に移り住んだ主人公・今野(綾野)が、その地で知り合い、突然失踪した同い年の同僚・日浅(松田)の行方を追ううちに彼の知られざる顔を知っていくミステリー。昨年12月に開催された第2回海南島国際映画祭(中国)のコンペティション部門に出品され、松田がベストアクター賞を受賞した。
当初は自分なりに日浅という人物を解釈してから現場入りしたというが、「実際に撮影してみると『違うかもしれない』と思うことが多かったと振り返る松田。そんな状況を打破するための紆余曲折について以下のように述べる。「つまらない鎧みたいなものをまとって現場に入るのではなく、一度全部捨てて、感じるままに居ようという気持ちの変化がありました。短い期間でしたけど、すごく心地のよい時間もあれば本当に追い詰められて八方塞がりみたいな気持ちにもなりましたし、そういうものを全て役にこめていきました」
撮影中に「ある時、現場の空き時間に、森の中へふらっと入っていったら、熱中症のような症状になってしまったんです。自分でもびっくりしましたね(笑)」とハプニングも。
また、日浅を演じる上で課題になったのが岩手の「方言」だ。日浅は大学時代を東京で過ごし、卒業と同時に故郷の盛岡に戻ってきたという設定。劇中、今野(綾野)との会話を観ていると、時が経つにつれて徐々に訛りが強くなっていくのも印象的だ。「あまり意識はしていなくて、組み立ててやっていたわけでもないんです。ただ、東京育ちの僕の中にないものだから、ちゃんと覚えて言わないとなかなかパッとは出てこなくて。現場では方言指導の方がずっといてくださったので、相談しながら『ここはもう少し入れたいな』などと調整していきました。とても助かりましたね」
そうして完成した本作で得た、海南島国際映画祭「ベストアクター賞」。「賞をいただけると思っていなかったので、何の言葉の準備もしていなくて……」と驚きながら壇上でスピーチを述べていた松田だが、改めてその時の心境について聞くと、「正直、自分の名が呼ばれることは無いと思っていたので、本当に慌てました」と率直な回答。シャイな人柄で知られる松田だが、そんな彼が大舞台で言葉を述べられたのは感謝の気持ちの大きさゆえだ。「周りで支えてくれる人たちが本当に喜んでくださって、その気持ちは伝えなくてはと。年の瀬の最後の贈り物をいただくような感じで、この賞を糧にまた次の作品へ向かってゆけたらと。次は自分に何ができるだろうと思えました」と海外の映画祭で初受賞した喜びをかみしめる。
故・大島渚監督の『御法度』(1999)で鮮烈なデビューを果たしてから約20年。近年は映画のみならず「カルテット」(2017・TBS系)、「獣になれない私たち」(2018・日本テレビ系)、「ストレンジャー~上海の芥川龍之介~」(2019・NHK※SPドラマ)、「歪んだ波紋」(2019・NHK)などのドラマ出演も相次いだ。充実した近年を振り返り、「最近は特に作品や役に恵まれているし、助けられてここまでやってこられたという感覚が強いですね。(良い)流れは感じているのですが、自分一人でやっている仕事ではないですし、どう流れるかを自分でコントロールするのは難しい。今は、もっと違う楽しみ方を模索しているところです」
『影裏』では「カットをかけない」ことで知られる大友啓史監督のもと、綾野と共にアドリブも交えた演技を展開した松田。どこからどこまでが台本にあるものなのか判別できないほどナチュラルでいて、時にヒヤリとさせる瞬間も見せる。面目躍如というべき名演がアップを中心に映し出され、松田の特異な才能を際立たせている。(編集部・石井百合子)