型破りな『HOKUSAI』の秘密 巨大な孔雀に180度回転するカメラ
「冨嶽三十六景」などで知られる江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎の謎多き生涯を、柳楽優弥と田中泯のダブル主演で描く『HOKUSAI』(5月29日公開)。本作には、そうそうたる顔ぶれのクリエイターが集結。プロデューサーの中山賢一、美術監督・相馬直樹、照明・佐藤宗史、キーグリップのヒロカクハリが、型破りな「色のある時代劇」を生み出すための秘密を明かした。
本作は、幕府に風俗が厳しく取り締まられていた江戸時代後期を舞台に、北斎と彼に影響を与えた人物たちとのエピソードを軸に、北斎が描いた「三つの波」の秘密に迫る物語。北斎の青年期を柳楽が、老年期を田中が演じるほか、北斎の人生のキーマンとなる版元(プロデューサー)の蔦屋重三郎に阿部寛、美人画の大家・喜多川歌麿に玉木宏、戯作者の柳亭種彦に永山瑛太がふんする。『相棒』『探偵はBARにいる』シリーズなどの橋本一がメガホンをとった。
中山プロデューサーいわく、本作で目指したのは「色のある時代劇」。「色遣いなどに関しては時代考証と合っていないところがあるかもしれませんが、色のある青年期から段々枯れていくと言いますか、物や人がどんどんなくなっていき、最後は絵と向き合うというところをコンセプトにしています」と中山P。また、伝記映画の枠を超えた作品にするために企画・脚本の河原れん(お栄役で出演も兼任)がテーマを「波」に定め、青年期から老年期に至る間の23年間をすっぽり抜いたところも「粋」な試みだ。
本作で描かれる北斎について中山Pはこう続ける。「北斎は、死ぬまで絵に対してもがき続けた人。画狂人という名前もあって破天荒なイメージもあるんですけど、きっとそうではなくて真面目に絵と向き合った人なんだろうと。平均寿命をとっくにすぎたあとに『冨嶽三十六景』を発表した、というのが何と言ってもすごいところです」
劇中には北斎、重三郎の「耕書堂」、歌麿の仕事場である遊郭の「孔雀の間」などが登場するが、とりわけ目を引くのがピンク(!)の襖を背景に巨大な銀と金の孔雀が襖、天井一面に描かれた「孔雀の間」だ。美術監督の相馬直樹は、映画『海猿』『20世紀少年』シリーズなどの大作や、行定勲監督作品の常連スタッフとして知られている。
相馬はクランクイン前に旅したプラハで入ったカフェからインスピレーションを受けたと言い、とにかく「エロチシズム」にこだわった。「たまたま入ったプラハのカフェにピンク色の壁があったんですよ。ピンクってなかなか日本の時代劇では使われなくて、普通は弁柄色などに転んでいくんですけど。天井画も圧巻で、これはいいなと。歌麿の個性も意識しつつ、モチーフにした孔雀はエロチックな意味合いを含んでいて、床の間に飾られている滝の水墨画などにも同様の狙いがあります」。なお、孔雀の描画は相馬が妹尾太郎に依頼し、一週間程度費やしている。
この「孔雀の間」に北斎がやってくるシーンは、撮影もユニークだ。天井までつながっている孔雀を見せるためにカメラがぐるりと180度回転したり、魚眼レンズやクレーン、ケーブルカムを用いたりと時代劇らしからぬ試みが用いられており、スタッフの間でディスカッションを重ねて撮影を行ったのだという。
また、そんな撮影を支えたのがアメリカから招かれたキーグリップのヒロカクハリ。日本では耳慣れない用語だが、キーグリップとは撮影機材や資材の運搬、セッティングを行うスタッフの核となる人物を指す。これまで『フォードvsフェラーリ』『キャプテン・マーベル』『ブラックパンサー』などの大作に参加してきたヒロいわく、アメリカではグリップというポジションは重要で、ハリウッドでは4000人以上がメンバー登録をしているという。ヒロは監督から「前半の若い北斎を表現するにあたって躍動感のある画を撮るために多くのカメラワークを取り入れたい」という要望を受け、「予算のこともありいろいろ機材を自作した」と振り返る。「クレーンやケーブルカム、スライダー、バイブレーションアイソレータまで。出来は上々だと思います。ほとんどのカメラワークは、これでカバーできていると思います」と自信をのぞかせている。
「自由な」仕事をしたのは、照明の佐藤宗史も同様。これまで手掛けた作品に、『悪の教典』『JK☆ROCK』など。クライマックスには青年期と老年期の2人の北斎が、ある作品を描くシーンがあり、そこでは「波の中で描いている」イメージを表現するため「水めら」という水槽の水を通して光の波を映し出す手法を用いた。「上に水槽を吊っていて水めらで出すっていうことをやってみたかったんです。水槽で普通に横から水めらを出すというのはこれまでもやられているでしょうけど、吊ってみたらどうかなと。単純にどうなるんだろうっていう自分の閃きで。全編通して常に僕のアイデアを好き勝手と言ったらおかしな言い方ですけど、ライティングに関してはこういう感じでやらせてもらっています」
「色のある時代劇」を合言葉に、型破りな発想でそれぞれの仕事をこなしつつ、互いの魅力を最大限に引き出す試みが繰り返された本作。ここに記されている以外にも重三郎や北斎、歌麿らの着物も美しく、まさに「葛飾北斎」の名にふさわしい贅沢な力作となっている。(編集部・石井百合子)