ミニシアターは文化の「多様性を守る」存在~塚本晋也監督
がんばれ!ミニシアター
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い発令された緊急事態宣言を受けて、現在全国の映画館では休館など上映自粛が広がっている。なかでも経営規模の小さなミニシアターは大きな打撃を受けて閉館せざるを得ない可能性もある危機的な状況だ。今だからこそ、ミニシアターの存在意義について、今の日本映画界を担う映画人たちに聞いてみた。
映画『鉄男 TETSUO』(1989)で鮮烈なデビューを果たし、今は監督にとどまらず、俳優としてもマーティン・スコセッシ監督の『沈黙 -サイレンス-』(2016)や『シン・ゴジラ』(2016)などで活躍している塚本晋也監督。東京生まれの塚本監督にとって、ミニシアターはどんな存在だったのだろう。
「最初に行っていたのは、名画座なんです。渋谷に、中学生の頃に全線座という名画座がありまして、外国映画の二本立てをやっていたんですよね。そこは、ありとあらゆる分野の作品を上映していたので、『男と女』(1966)を観て大人の世界を感じたり、チャップリンの映画を観たりしていました」。思春期真っ盛りの塚本監督にとっては「大人への入り口」でもあったと言う。
「あの頃は、字幕を観るのも映画館で上映している洋画が初めてだったので、字幕を見ていると言う感覚だけで大人になれた気がしていましたね(笑)。高校に上がると、今度は邦画をたくさん観ることになった。もう閉館してしまいましたが、銀座にあった並木座で黒澤明、市川崑、寺山修司、ATG作品などいろんな作品を観たりしていたんですね。多くの日本映画を観て、映画っていろんなことを表現できるんだなあと知りました」。
多くの日本映画を観るなかで、塚本監督が衝撃を受けたのは、当時、松竹を退社した大島渚監督『新宿泥棒日記』(1969)など、監督たちが自由にアートを表現していたATGの作品だった。「思い出に残っているのは、当時ATGの主要上映館であった新宿文化で観た唐十郎さんの監督デビュー作『任侠外伝 玄海灘』(1976)です。僕は、今でもATGの精神を引き継いでいるんじゃないかと思うのですが、実験的な映画がとても多くて刺激的でした。」
名画座でリバイバル作品を中心に見ていたという塚本監督は、ユーロスペースが渋谷にオープンして以来、多くの海外のアート作品と出会うことになる。
「ユーロスペースでは、『鉄男』に大きな影響を与えたデビッド・クローネンバーグの『ヴィデオドローム』(1982)、独特な世界観を持ったラース・フォン・トリアー監督の長編処女作『エレメント・オブ・クライム』(1984)、レオス・カラックスの『汚れた血』(1986)、『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983)、『ポンヌフの恋人』(1991)。日本の映画ではドキュメンタリーの『ゆきゆきて、神軍』は、僕が作った『野火』(2014)の原点とも言える作品です。どれも、面白い発想で映画作りのきっかけになった大切な作品です」。
シネコンとの違いを聞くと、塚本監督は「もちろんシネコンでもたくさん映画を観ているので」と前置きしたのち、「観客が入らないと瞬時に淘汰されるシネコン映画館と違い、ミニシアターはまさに命がけで映画を愛している支配人の方々が映画を選び上映している。だからこそ劇場の方と、配給さん、監督が手を取り合って、作品を育てようとする。その愛情のかけ方が違うと思います」と話す。
2015年の監督作品『野火』で全国のミニシアターを延べ90館回った塚本監督。この作品の持つ強いメッセージに共感した多くの劇場支配人たちが、上映から4年経った昨年もまた「5回目の『野火』」として終戦記念日の周辺に上映を続けている。
塚本監督にミニシアターの魅力を改めて聞くと、「支配人さんの数ほど劇場がある。全ての劇場の顔が違うんです。古い劇場を守っている劇場もあるし、昔の劇場をおしゃれにリノベーションし、新たに生き返らせた劇場もある。支配人さんのこだわりの音響設備がある全く新しいミニシアターがあったり。想いの強さが支配人さんたちから感じるんですね。それがあまりにも素晴らしくて、僕が2016年に出した「『野火』全記録」には自分が回らせてもらった全ての劇場の記録を載せています。
新型コロナウイルスの感染拡大によって全国の映画館が閉館を余儀なくされている今、まさにミニシアターの灯が消えてしまうかもしれないという危機にある。塚本監督は、ミニシアターを「文化の多様性を守る場所」という。
「文化の多様性というのはとても大事だと思うのです。それは監督としての僕自身のテーマであり、ミニシアターのテーマでもある。シネコンが多くなっていることはもちろん悪いことではありません。僕自身楽しませてもらっています。でも、映画を観る人の傾向が大きな映画をメインにわかりやすい映画に行くようになってきていると思うんです。映画を観たときにいきなり答えを与えられるんじゃなくて、いろんなことを考えさせられる体験が少なくなっていると思うのです。それを特に感じさせられたのは、『野火』で地方に行ったとき、普段は年配のお客さんが多いという劇場さんが多かったんですよね。確かに劇場がある地方の場所というのは、近くの商店街なんかもシャッターが閉まってしまっている場所もある。その時点で、コロナ以前に文化の灯はギリギリだと思っていたのですが、今回のことで壊滅的なダメージを受けてしまうのではないかという不安があります」と心を痛める。
だが一方で、自身も賛同しているミニシアター基金が1億円の寄付を超えたことは一筋の光。
「ミニシアターの危機が浮き彫りになったことで、応援してくださる方々がたくさんいることがわかったことはとても嬉しいことです。できることなら、この事態が収束した時、また改めてミニシアターという存在を見直してもらえれば。最初の一歩ってちょっと踏み出しにくいかもしれませんが、一度行って、普段観たことのない映画を鑑賞する体験を1人でも多くの方にしていただければありがたいです」と訴えた。
これまでミニシアターに行ったことがない、という人も今回の出来事をきっかけにコロナ禍が終息したら、地元のミニシアターに足を運んでみてはどうだろう? 塚本監督の言葉通り、きっとこれまでにない映画体験ができるはずだ。(森田真帆)