「半沢直樹」なぜ強い?異例のヒットを振り返る
著書の映像化が相次ぐ人気作家・池井戸潤。2度目のテレビドラマ化となる「鉄の骨」がWOWOWで放送中のほか、映像化作品の代表作「半沢直樹」の続編も、いよいよ帰ってくる(※新型コロナウイルス感染拡大を受け、一時撮影休止・放送未定)。そこで、池井戸原作の映像化作品、「半沢直樹」を中心にしたその魅力や人気の理由、影響などを振り返ってみた。
池井戸の経歴をさかのぼると、デビューは1998年に第44回江戸川乱歩賞を受賞した「果つる底なき」。同書が初の映像化作品ともなり、2000年にフジテレビ系でスペシャルドラマ化された。2002年に2時間ドラマ化された短編も含め、初期の著書は大手銀行出身の知識を活かしたミステリ作品が多かった。その後、作風を広げた池井戸は、「空飛ぶタイヤ」で本格的な経済小説に挑み、同作が2009年にWOWOWで連続ドラマ化。実際にあった大手自動車会社のリコール隠し事件を基にしていたため、自動車会社がCMスポンサーの民放各局では難しい題材だったが、日本民間放送連盟賞のテレビドラマ番組部門最優秀賞やATP賞テレビグランプリ2009のグランプリなどを受賞するなど、ドラマ版も高い評価を受けた。また、企業小説や社会派ヒューマンサスペンスなどの著書でも評判となり、2010年には吉川英治文学新人賞受賞作「鉄の骨」(NHK)、2011年には直木賞受賞作「下町ロケット」(WOWOW)がそれぞれ連続ドラマ化された。
そして、NHKの連続ドラマ版「七つの会議」が放送開始された2013年7月、ほぼ同時期に放送開始したのが、TBS系の連続ドラマ「半沢直樹」だった。当時、池井戸原作への注目度が高まっていたとはいえ、放送前の局内での期待は高いとはいえなかった。民放での連続ドラマ化は初めてで視聴率的な実績はなく、男社会の銀行内部を描いた作品は、近いジャンルでのヒット作が少なかったことからも、地味に捉える見方もあった。さらに、7月クールは外出率の高さや、スポーツ中継による休止および放送開始時間の変更が多いことなどからも、視聴率がとりにくい時期ともみられていた。しかし蓋を開けてみると、第1話でいきなり19.4%の高視聴率を獲得。その後、一度も数字を落とすことなく右肩上がりで上昇した視聴率は、最終回で42.2%を記録。社会現象を巻き起こした。以降、池井戸の著書は急激に売り上げを伸ばし、そのドラマ化も急増した。
2014年に「ルーズヴェルト・ゲーム」(TBS日曜劇場)、「花咲舞が黙ってない」(日本テレビ系・原作は「不祥事」などの短編集)、「株価暴落」(WOWOW)。2015年に、「ようこそ、わが家へ」(フジテレビ)、「民王」(テレビ朝日)、「花咲舞が黙ってない」の続編、「下町ロケット」のリメイク(TBS日曜劇場)。2017年に「アキラとあきら」(WOWOW)、「陸王」(TBS日曜劇場)。2018年に「下町ロケット」の続編(TBS日曜劇場)。2019年には「ノーサイド・ゲーム」(TBS日曜劇場)と、近年の長編のほとんどが連続ドラマ化された。また、2018年には『空飛ぶタイヤ』、2019年には『七つの会議』がドラマ版とは異なるスタッフとキャストにより映画化され、ヒットした。
前述の池井戸原作作品の中で、最も相性の良さを見せているのがTBS製作作品。起点となったのはもちろん「半沢直樹」だった。その原作は、池井戸が娯楽性を意識して執筆した、「オレたちバブル入校組」と「オレたち花のバブル組」という主人公の同じ2作品。スピード感を重視して各5話ずつの二部構成、全10話にまとめ、番組タイトルも明快に主人公の名前へ変更した。そして、大人の男性層を狙い、バブル時代に就職したサラリーマン社会の悲哀や銀行という会社組織の闇をリアルな群像劇として描きつつも、主人公と敵というわかりやすい登場人物の構図を作り、時代劇のような勧善懲悪の胸のすく展開を見せた。その痛快さは、サラリーマンや中間管理職の人々から共感を得ただけでなく、老若男女問わず幅広い視聴者層を惹きつけた。
さらに、顔芸とも称された役者陣の熱演とアップを多用する力強い画作り、「倍返しだ!」のような印象的なキメ台詞、仕事上でぶつかりあう姿をアクションシーンのように見せるケレン味溢れたダイナミックな演出なども、娯楽性を高めた。また、主演には、前年放送の連ドラ「リーガル・ハイ」のヒットなどで勢いのあった堺雅人を起用。膨大な台詞を早口でも明瞭な活舌でまくし立て、その演技力を遺憾なく発揮した堺は、唯一無二ともいえるハマリぶりを見せた。また共演者には、舞台俳優や個性派俳優を多く起用。その熱演やアクの強い芝居のぶつかり合いは、新鮮なキャスティングと相まって、片岡愛之助、滝藤賢一、手塚とおるなど多数のベテラン俳優や脇役俳優をブレイクさせた。F1層(23~34歳の女性層)を狙ったり、人気俳優のキャスティングありきといった、定番の作り方をあえてしなかった同作は、結果的に誰も予想できない記録的な大ヒットと、独自のスタイルを生んだ。
チーフディレクターの福澤克雄を中心に生み出された「半沢直樹」の演出スタイルは、以降の日曜劇場枠「下町ロケット」「陸王」などで感動を煽る演出などをアップデートしつつ継承し、ブランド化されていき、TBS製作の池井戸作品は安定した人気と信頼を得てヒット作を連発。それらは、池井戸原作自体の娯楽性が伝わりやすくなったこと、ビジネスもののドラマ自体への関心が深まったことなどにも大きく貢献した。
そして、その起点となった「半沢直樹」の新シリーズが7年ぶりに帰ってくる。子会社に出向を命じられた前作の衝撃のラストを引き継ぎ、原作の「ロスジェネの逆襲」と「銀翼のイカロス」をドラマ化する。視聴率的にもテレビドラマの苦戦が続く近年、「半沢直樹」以上のヒットドラマは生まれていない。テレビを取り巻く状況も社会状況も前作当時とは変化したが、待望の新シリーズが前作のような日本中を巻き込むムーブメントを起こし、テレビドラマ界のみならず日本を活気づける作品となることを期待したい。(天本伸一郎)