役所広司、映画館のために立ち上がる理由に幼いころの記憶
新型コロナウイルスの感染拡大による休業を経て、映画館が苦境に立たされている。全国的に営業が再開されても、なかなか客足の戻らないなか、俳優の役所広司が、映画館の安全性を伝えるキャンペーン「映画館に行こう!」のアンバサダーに就任。こうした役割は「一番苦手」という役所が、映画館の思い出と共に、映画館のために立ち上がった理由を語った。
『タンポポ』(1985)、『Shall we ダンス?』(1996)、『うなぎ』(1997)など、国際的にも評価される、数多くの映画に出演する役所。全国各地の映画館が、コロナ禍において休館を余儀なくされていく現状に「いつ終息するのか予測不可能な状況で、一俳優として僕に何ができるのか、ずっと考えていました」と語る。「(アンバサダーというのは)僕が一番苦手とすることだったんですけども、これだけ日本映画にはお世話になっているので断る理由はなくて。僕でお役に立てるんだったらぜひと、お受けしました」
休業要請は解除されたが終息の見通しは立たず、遠のいた客足も戻るきざしが見えない。しかし役所は、こんな時だからこそ、映画館で映画を観ることの意味を訴える。「今はテレビでも気軽に映画が観られますが、映画館で映画を観ると、非常につらいことも一瞬忘れて、別の世界に連れていってもらえると思うんです。日常の雑事を忘れて孤独にもなれる経験は、映画館の暗闇だから得られるものですし、映画というのは、そうした厳しい日常を生き抜くための勇気を与えてくれるものだと思います」
「戦時中だって映画館はやっていました。だからこそ、新型コロナウイルスの影響は、エンターテインメント業界にとって本当の恐怖と言えますが、そんななかでも、勇気や希望を与えてくれるものは大事だと思うんです」
役所にとっても、映画館は幼少期から特別な場所だ。「田舎の小さな街の中心に映画館がありましたからね。普段は大人でいっぱいで煙が充満していて(笑)。でも、日曜になると、子供向けのプログラムが組まれるんです。それこそ、怪獣映画なんかが何十円で観られて、場内は子供であふれかえっていました。映画館に入れないときは、音が聞こえる場所で隙間からのぞいたり。良い思い出ですね」と振り返る。
「クレージーキャッツの『無責任』シリーズを観て大都会の風景に憧れましたし、加山雄三さんの『若大将』シリーズでコカ・コーラを見て『あれはなんて飲み物なんだろう』って思ったり。そうした文化みたいなものも教えてくれましたね。思春期のころは、フランス映画です。特にナタリー・ドロンの『個人教授』。お色気もたくさんありましたが(笑)、そういうもので、恋愛について勉強しました」
そうしてさまざまな事を学んだ映画に、俳優としてもこだわってきた。「僕が映画を中心にやっていこうと思いはじめたころ、日本映画はビジネスとして非常に厳しい状況にありました。でも撮影現場は、映画が好きなスタッフやキャストが集まって、映画館にかかる作品を作るんだという、夢を持ち寄る場所だった。みんな貧乏で、弁当も安くて大変なんですが、映画館でお客さんが喜んでいると聞いたり、いろんな国のお客さんが映画祭で楽しんでくれていると聞くと、ああ、いい仕事だなって思うんです」という役所は、「やっぱり、映画監督もスタッフの皆さんも、劇場でやるために映画を作っています。テレビで観るのは、音響的にも制約がありますから。完璧な状態で観るなら映画館ですし、劇場で観る映画にはすごい力があると思います」と力強く語った。
全国的に再び感染者数が増えている。役所も「不安に思うのは当然のこと」と語りながら「映画業界の皆さんは今、安全のために必死で対策をしています」と訴える。「コロナ禍における鑑賞マナーは守っていかなければ、映画館で映画を観る日が、さらに遠のいてしまうかもしれない。ぜひ、われわれもマナーを守りながら、いつでも映画館で映画を観られるように頑張りましょう」と呼びかけた。(編集部・入倉功一)