森崎ウィン、共感度ゼロのキャラで飛躍 深夜ドラマがカンヌ映画祭選出の快挙
スティーヴン・スピルバーグ監督作『レディ・プレイヤー1』(2018)でハリウッドデビューを果たし、天才ピアニストを演じた『蜜蜂と遠雷』(2019)では第43回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。俳優として着実にキャリアを積み重ねている森崎ウィンが、新作映画『本気のしるし 《劇場版》』(10月9日公開)では謎の女に人生を狂わされる主人公を熱演し、またしても新境地を拓いた。「キャラクターに共感できないからこそやりがいがあった」と語る森崎に、難役に挑む俳優としてのスタンスを聞いた。
本作は、2019年10月期にメ~テレで放送された、星里もちるの同名漫画を原作とする連続ドラマ全10話を、劇場版として再編集した恋愛サスペンス。森崎演じる主人公・辻一路が、踏み切りで立ち往生していた葉山浮世(土村芳)の命を救ったことから、彼女のミステリアスな魅力に取り憑かれ、やがて破滅に向かっていく姿を追いかける。メガホンを取るのは、『淵に立つ』(2016)で第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門・審査員賞を獲得した深田晃司監督。宇野祥平、石橋けい、福永朱梨、忍成修吾、北村有起哉ら個性豊かな顔ぶれが脇を固める。
ローカルの深夜ドラマがカンヌで高評価
本作には派手なアクションも夢あふれるファンタジーもない。決して好感を持てるとは言えない男女の切っても切れない関係が、淡々と繰り広げられる。ところが、先の読めないサスペンスフルな展開にどんどん引き込まれ、「この女はいったい何者なのか?」「なぜ主人公は関わってはいけないと知りながら女から離れられないのか?」と、気が付けば底なし沼にハマっている。主演を務めた森崎も「(228分の)長さは全く気になりませんでした。深田監督ならではの『味』が冴えわたっていましたね」と自信を見せる。
そのクオリティーの高さは海外でも評価され、第73回カンヌ国際映画祭「オフィシャルセレクション2020」に選出。「(選出について)深田監督から直々にお電話をいただいた」と森崎も喜びをあらわにする。「日本から発信された作品が海外の映画祭、それもカンヌ国際映画祭に認められるって本当にすごいこと。もとは深夜ドラマですから挑戦的な内容でしたし、正直、高視聴率を狙うというよりも、家族のようなチームで楽しみながら作っていた感じだったので、まさかここまで評価されるとは思ってもみませんでした」と感無量の様子だ。
共感できない役だからこそやりがいがあった
共感度“0.1%”と銘打たれた本作だが、その最たる存在が、森崎演じる主人公・辻。職場の先輩と後輩社員を二股にかけながら、浮世に翻弄されていくダメンズぶりは突き抜けていて、病みつきになってしまうほど。「最初に台本を読んだときは、本当にすごい男だなと思いました。なんでそこまで彼女を追いかけ続けるんだろうと(笑)。僕は全く共感できなかったので、役を作っていくなかで、正直、本当に辻くんを理解できたかというと、はっきり理解したと言えない自分もいる」と吐露する。
それでも、浮世を求めて自ら負のループに突き進む辻の真理を自分なりに想像し、構築していったという森崎。「手に入りそうで入らない苛立ちから、浮世に対して異常なくらい本気になるというか……彼は多分、今までに女性関係で自分の思い通りにならなかったことがなかったんじゃないかと。仕事も順調、恋愛も順調、全てがうまくいっていたので、『未知との遭遇』じゃないですが、どん底の状態に苦しみながらも、どこか不甲斐ない自分を楽しんでもいる。僕自身は辻くんと真逆で、何でもはっきりと答えを出したい性格なので、彼の優柔不断さを表現するのはとても難しかったです。でもその分、やりがいはすごくありましたね」と笑顔を見せた。
森崎にとっての“本気のしるし”は現実から逃げないこと
本作で「深田監督と出会って思考がガラリと変わった」という森崎。その真意について、こう語る。「深田監督から最初に言われたのが、『僕らスタッフに全てを委ねるのではなく、俳優は俳優として自ら何かをつくり上げていく心がまえを持ってほしい』ということ。そのせいか現場はすごく自由度が高くて、窮屈な感じで演じたシーンは一つもありませんでした」と述懐。「撮影に入ると、役者はその役を通して主観的な目線でしか物事を見られなくなる傾向がありますが、常に俯瞰で見ている深田監督の言葉に耳を傾け、軌道修正していく柔軟性を持てば、『見たこともない景色を見ることができるんだ』ということを実感できたことも大きかったです」と新たな気付きをかみしめる。
ところで、優柔不断な主人公・辻は、思わぬ出会いによって自身が“本気”で求めているものを知ることになるが、森崎にとっての“本気のしるし”とは何なのか。「逃げないこと、でしょうか。役者として、毎回いろんな作品に出会い、ゼロから役作りをスタートするわけですが、キャラクターによっては苦しいときもあれば、幸せなときもあります。向き合うことがつらいな、と思うことに対して、きちんと向き合うこと。それが僕の『本気のしるし』だと思います」(取材・文:坂田正樹)