蒼井優&高橋一生が体感『スパイの妻』黒沢組の幸せな緊張感
第77回ベネチア国際映画祭銀獅子賞(最優秀監督賞)受賞の映画『スパイの妻<劇場版>』に出演した蒼井優と高橋一生。『ロマンスドール』(2020)に続く夫婦役とあって、インタビューを受ける姿からお互いに全幅の信頼を寄せていることがうかがえる。そんな2人が「幸せな緊張感だった」と口を揃えて称賛するのが、今回、銀獅子賞を受賞した黒沢清監督だ。その独特の演出方法、そして、撮影2日目に起きたという過酷な試練とは。時折ジョークを交えながら、蒼井と高橋が舞台裏を振り返った。
本作は、2020年6月にNHK BS8Kで放送されたサスペンスドラマの劇場版。太平洋戦争開戦間近という激動の時代に翻弄される夫婦の葛藤をスリリングに描く。1940年、満州で恐るべき国家機密を偶然知ってしまった貿易会社社長の福原優作(高橋)は、正義のために真実を世に知らしめようとする。夫が反逆者と疑われる中、妻の聡子(蒼井)は、“スパイの妻”と罵られようとも愛する夫とともに生きることを決意するが……。
ワクワクするほど相性がいい
『ロマンスドール』に続いての夫婦役。蒼井と高橋の間には、役者として濃密な時を共有した分、全幅の信頼があるようだ。「現場で大切にすること、逆にドライに見過ごすこと、その『ポイント』がすごく似ている気がします。ワクワクするし、安心感もあるし、わたしの中では、もうすでに『次はいつ共演できるかな?』という気持ちになっている(笑)」とラブコールを送る蒼井。一方の高橋も、「俳優としての相性の良さを感じます。共演するたびに、『お芝居ってこういうことだよな』と思う瞬間がいくつもある。『ロマンスドール』では、いろんなところを球が行き交うジャグリングのようでしたが、今回は、チェスのようにお互いの空気を感じながらどう打っていくか、という駆け引きがとても楽しかったです」と蒼井を称賛する。
ただ、高橋が役に入る時のスイッチがいまだに不明だという蒼井は、「わたしは、(助走がなく、いきなりトップギアに入り)崖から落ちそうになってフガフガ言っているだけなんですが(笑)、一生さんはいつどこでスイッチが切り替わっているかがわからない。マニュアル車をオートマ車のように乗りこなすんですよね」と不思議がる。これに対して高橋は、「いやぁ、本当に運転(演じること)好きの僕としては、今回はたまらない瞬間ばかりでした」と笑顔を見せた。
撮影2日目の試練でエンジン全開
黒沢監督とは、『贖罪』(2012)、『岸辺の旅』(2015)に続き3度目のタッグとなる蒼井。独特の空気が流れるその現場をこう表現する。「ものすごく緊張するんですが、それが逆にゾクゾクするんです。真正面にカメラをドンと置かれると、『来た!』という感じでもう逃げ場がない。『はい、どうぞ』って気持ちになる。黒沢組の映画に出るのは俳優の夢だと思うんですよね」。この言葉に大きくうなずいた高橋は、今回が黒沢監督との初タッグ。「心地よい緊張感の中に身を置きながら、黒沢監督、スタッフ、俳優部の思いが少しずつ合致し、みんなで作品を作り上げていくあの感覚……とても幸せな時間でした」と振り返る。
黒沢監督独特の演出法においても、学ぶべきことが多かったという2人。「俳優との距離感が絶妙」と語る蒼井は、「私たち俳優が表現するというよりも、映像が表現してくれるという感じですね。カメラがどこにあって、それによってどういう効果が得られるかが完璧に計算されているんですが、俳優に対しては全く要求がない。それぞれの感情表現は『どうぞそちらで考えて』という距離感なので、逆にやりがいが生まれるんです」と明かす。一方、「動きへのこだわり」を挙げる高橋は、黒沢監督の演出の特徴として、「監督は、ここからここまで移動してください、ここのセリフで振り返ってください、というふうに『動き』を緻密に演出されます。画作りというものがまずあって、そこに俳優の中から生まれた心情を生かしていくというところが面白かったです」と声を弾ませる。
その際たるシーンが、妻・聡子に問い詰められた夫・優作が、スパイ活動に至るまでの経緯を白状するシーンだ。ワンショット長回し、蒼井の繊細な受けの演技に対して、高橋は最難関ともいえる長ゼリフに挑む。「確か撮影2日目でしたよね。スケジューリングした方が、『絶対に怒られる!』と思って、私たちに近づかなかったらしいですよ」という蒼井の裏話に、「あはは、そうだったね!」と当時を述懐する高橋。「けれど、むしろ僕は楽しかったです。あのシーンを先に撮ったことで、反対にフォーカスが絞れたところもあって、一気にエンジンがかかった。黒沢監督は動きを演出してくださるんですが、心情に関しては全ておまかせ。画角から飛び出そうがお構いなし、あの一連のお芝居は俳優冥利に尽きるというか、もう延々と演じていたかったです(笑)」
妻役として、その高橋の奮闘ぶりを間近で観ていた蒼井は、「自分じゃなくて本当によかった」と安堵の表情。「2日目にあんな長ゼリフのシーンがきたら、わたし泣いちゃうかも。あれをできちゃう一生さんって、地肩が強いなぁって思いましたね。でも、あのシーンが俳優部のインフラを整えてくれたのは確か。『なるほど、そういうことか!』という道筋を作ってくれました」とニッコリ。黒沢組がもたらす幸せな緊張感とは、蒼井、高橋のような選ばれし俳優たちしか体験できない映画の“魔法”なのかもしれない。(取材・文:坂田正樹)
映画『スパイの妻<劇場版>』は全国公開中