津田健次郎、不遇の時代を経て「人生、捨てたもんじゃない」
憂いを帯びた低音ボイスと豊かな表現力で、人々に愛される数々のキャラクターを生み出してきた声優・津田健次郎。昨年はNHK連続テレビ小説「エール」の語りを担当して話題を呼んだが、WOWOW開局30周年記念プロジェクト「アクターズ・ショート・フィルム」では監督業にトライ。活躍の場をますます広げている。20代は「仕事がまったくなかった。世の中から必要とされていないことが、とてもしんどかった」という津田。「諦めなければ、負けていない」と“執念”を胸に突き進んできた津田が、艶声の裏に隠されたものづくりへの情熱や、貫いているモットーを語った。
監督業はしんどいけれど楽しい!
無類の映画好きで中学時代から一人で名画座に通い、高校生の頃には「いつか映画を撮ってみたい」と思っていたという津田。2019年には声優の鈴村健一が総合プロデューサーを務めた即興舞台劇「AD-LIVE(アドリブ)」の内幕に迫る『ドキュメンターテイメント AD-LIVE』で念願の映画監督デビューを果たし、YouTubeで1,100万回再生されている監督・主演のPV「極主夫道」に続いて「アクターズ・ショート・フィルム」は三度目の監督挑戦となる。「監督をやってみたいという思いがありながらも、役者として中途半端になってはいけないと感じていたので、監督業への思いを封印していたところもあって。でも40歳くらいのときに、やっぱりやってみたいなと思ったんです。いろいろなご縁がつながって、ここまでたどり着いてとても感慨深いです」
そうして作り上げた短編映画『GET SET GO』は、ビルから飛び降りようとしていた慶(竜星涼)と、それを引き止めた隼人(大東駿介)を中心とした生と死をめぐるストーリー。「欲をかいて、脚本も書かせていただきました」と前のめりで挑んだ津田は、「人間の抱えている矛盾のようなものに興味があって。死のうとしている男がロシアンルーレットに臨む話ではありますが、“死にたいから平気”というわけでもないという気がするんです。さらに本作は復活劇でもありますが、ヒロイックに美しく立ち上がっていくのとは、また違った復活劇を作りたいと思っていました」と本作に込めた思いを吐露。
「やりたいことを詰め込んだ」というが、脚本完成までの過程は険しかったそう。「今回の企画は“尺は25分以内”というルールがあるんですが、最初に書いたプロットをプロデューサー陣に見せたところ『これは1時間を超えてしまう』とご意見をいただいて」と苦笑い。「やりたいことをモリモリに書いてしまった」だけに、尺内に納まるまで試行錯誤を重ねたという。
監督として撮影現場で過ごした時間はどのようなものだっただろうか。「すべてが自分を中心に動いていくんだという大きな責任を感じて。いい画を撮るのと同時に、役者さんやスタッフさんに楽しく現場で過ごしていただくための空気づくりも必要」と心がけた彼を、もっとも悩ませたのは時間との戦い。「“撮影日数は2日間”というルールもありましたので、とにかく時間がなくて。『このシーンは、当初の予定と違うカット割りをした方がいいかも……』と妥協しかけていたところ、大東さんと竜星さんが『初志貫徹しましょう』と背中を押してくれたこともありました。本当にありがたかったです」と役者陣に感謝。「編集段階で徐々に映画が出来上がっていく様を見ているとゾクゾクした」とあらためてものづくりの喜びを実感することとなり、「しんどくもありましたが、めちゃくちゃ楽しかったですね。反省点が見えたところもありますし、今度は長編映画を撮りたい」とさらなる意欲を語る。
2020年は新しい領域に踏み込んだ年
俳優として活動しつつ、1995年のテレビアニメ「H2」の野田役で声優デビューした津田。「遊☆戯☆王」シリーズの海馬瀬人役で知名度を上げ、近年の出演作を見ても「無限の住人-IMMORTAL-」の万次、「ゴールデンカムイ」の尾形など、キャラクターの影や孤独、狂気までを表現できる役者として、今や代表作をあげればキリがないほどの人気声優となった。
昨年はNHK連続テレビ小説「エール」で、主人公の裕一を温かく包み込むような語りも話題に。津田は「短編映画の撮影に携わったことや、『エール』の経験も含めて、昨年はこれまで興味がありながらも触れられなかったものに、しっかりと触れることができた。新しい領域に入ることができた年だったように思います」としみじみ。「今まで僕を知らなかった方が、僕のことを認識してくださったという実感もあり、とてもうれしかったですね」と充実の表情。
誠実に仕事に向き合ってきたからこそ、新しいステージに足を踏み入れることができたのだろう。津田はこれまでの歩みについて、こう明かした。「思い残しをしたくないタイプなので、いつ死んでもいいくらいの気持ちでやってきたつもりです。いろいろな出会いがあって、人に助けられ、ここまで来られた。人との出会い、つながりに感謝ですね」。また独特の艶声については「自分では今でも変な声だなと思っています」と少し照れくさそう。「でも自分のやれることで面白がってもらえるなら、これはうれしいことだなと」と楽しそうに語る。
何者でもない自分に苦しんだ20代
今やカリスマ的人気を誇る津田だが、20代の頃は「まったく仕事がなかった。食べられなかったですね」と告白。「自分が何者でもなくて、なおかつ世の中から必要とされていないんだという苦しさは、かなりヘビーでした。食えない、お金がないということ以上に、そういった苦しさの方がしんどかったように思います」と不遇の時代を振り返る。だからこそ、求められる時期に突入したときには「フルスイング、全力」と気合いも入る。
「スマートな生き方ができるタイプでもないし、順風満帆にスタートした役者人生でもなくて」ともがきながらも、津田にとって人生の大切なテーマとなるのが執念深くあることで、「しつこく、執念深くやっていると、いつかそれが形になるような気がしていて。“諦めなければ、負けていない”という思いがあります」と力強く話す。
執念深く芝居と向き合う中では、「もはや芝居が好きか、嫌いかわからない。そういう事ではなくなっている」のだとか。「芝居って思っている以上に怖くて、苦しいもの。芝居さえやっていなければ、おそらくお金にも困っていないし、人生はもっとうまく動いていたかもしれない。芝居をやっているからこそ、こんなにしんどい目に遭っているんだ。もはや芝居に苦しめられているんじゃないかと思っていました」と笑いながら、「でも芝居ってやっぱり面白いんです。 “いとをかし”的な面白さを見つけられるといいなと思っています。ただ楽しいというだけではなく、苦しい、しんどいなど、そういったことも含めて楽しいと思えたら、最高だなと感じています」と役者業への情熱があふれ出す。
諦めずに続けてきたことが実りの時を迎えたようにも感じるが、「人生って意外と捨てたもんじゃないなと思います」とふわりと微笑む津田。穏やかな笑顔を絶やさない彼だが、「芝居についても“まだまだだな”と感じます。もっと高い領域の芝居がある。そこにチャレンジしていきたいですし、これからも興味があることには、いくら苦しい道が想像できたとしても躊躇なく飛び込んでいきたい」とどこまでもストイックで野心的。監督作にはボロボロになりながらも立ち上がる男が映し出されているが、その姿に津田健次郎の熱い思いが重なった。(取材・文・撮影:成田おり枝)
「アクターズ・ショート・フィルム」はWOWOWオンデマンドで配信中、1月23日夜7:00よりWOWOWプライムで放送