バカリズム、殺人と笑いの融合で新境地 伏線回収も「行き当たりばったり」
ドラマ「素敵な選TAXI」「架空OL日記」など、お笑い芸人のみならず脚本家としても快進撃が続くバカリズム。彼が、サスペンスという未知の分野に挑んだWOWOWオリジナルドラマ「殺意の道程」が話題を呼び、再編集した劇場版が本日(5日)より劇場公開&配信される。本作は、シリアスなタイトルとは裏腹に笑いにあふれ、驚くべき伏線が張り巡らされているが、実は「行き当たりばったりで書いて、初めは全く違う結末を考えていた」という。物語のキーワードでもある「巡り合わせ」について、自身の人生を振り返りながら語った。
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物語は、小さな金属加工会社を営む社長が遺体で発見されるところから始まる。その息子である一馬(井浦新)は、父を死に追いやった男・室岡(鶴見辰吾)に復讐を誓うが、葬式にやってきたいとこの満(バカリズム)の「手伝おうか」の一言により、2人で完全犯罪を成し遂げるべく奔走することになる。ドラマは1話30分の全7話で構成され、昨年11月から12月にかけて放送。劇場版は、120分に編集されている。
そもそもドラマが生まれたきっかけは、これまでに度々タッグを組んできた住田崇監督との雑談から生まれたもの。「刑事もの、サスペンスドラマなどで省かれている部分、不要と思われている空白の部分に焦点を当てたドラマがあったら面白いんじゃないかと。例えば、張り込み中の車中の会話だけで1エピソード完結させるとか。ただ、刑事ものでコメディータッチの作品は割とあるので、犯罪を企てる側の話の方が緊張感があって、緩和も作りやすいのではないかと。というようなことを話していたら住田監督が乗ってくださって、WOWOWさんでやらせていただけることになりました」
劇中で軸となるのが、かずちゃんこと一馬と、みっちゃんこと満のボケとツッコミのような掛け合い。これから殺人を犯そうとする2人が「ちゃんづけ」で呼び合っているところからして可笑しいが、バカリズムは「耳にすっと入ってくるけど、どこか違和感のある」ワードに注視。冒頭の葬式のシーンはバカリズムの作品とは思えないほど重厚なムードが漂い、完全に犯罪サスペンスの趣だが、一馬と満の会話から「打ち合わせ」というワードが飛び出してくるところからトーンが変わっていく。
「この作品は完全にコントだと思って書いていて、シリアスからコメディーに切り替わるキーワードは『打ち合わせ』だと思っていました。サスペンスドラマではなかなか出てこない言葉だと思うんですけど、そこまで滑稽でもないし。そこから徐々に空気が変わっていく感じにしようと。また、葬式のシーンが重ければ重いほどこのワードの違和感が大きくなると思うので、超シリアスにしました」
サスペンスものに挑んだものの、殺人のトリックなどの知識がなかったというバカリズム。しかし、そのために行ったリサーチの過程が思わぬ形で生かされることとなった。「サスペンスドラマなどのトリックに詳しい作家さんに会わせていただいて、相談をしました。その際に、先生が雑談で凶器のパターンや犯罪における専門用語など、いろんなことを教えてくださったんです。その話が興味深かったので、自分が先生に話を聞いているシチュエーションをそのままドラマに入れてしまおうと。それが、サスペンス&ミステリーマニアのキャバクラ嬢・このはちゃんにつながっています」
その、このはちゃん(堀田真由)は、一馬の親友で復讐計画の打ち合わせに仕事場を提供してくれた隼人(河相我聞)が連れていた女性。一馬と満は殺人や犯罪にやたらと詳しい彼女にアドバイスを仰ぐうちに親しくなり、さらにこのはの同僚で占い好きのゆずき(佐久間由衣)が加わったことによってますますムードは「殺人計画」とかけ離れていき、事態は思いがけぬ方向に向かっていく。本ドラマは、そんな不思議な「巡り合わせ」がキーワードになっているが、バカリズム自身も人生においてこれを痛感しているという。
「今までがそういうことの連続だったように思います。僕は中学、高校と野球をやっていて、甲子園を目指していましたが、地方予選のベスト16ぐらいで敗退して。結構な挫折感を味わったんです。高校受験も失敗して嫌々、私立の男子校に通っていたんですけど、その時の『共学を味わわないまま終わりたくない』という思いから日本映画学校という共学の専門学校に行って、そこからお笑いの世界に入った。いろんな巡り合わせがあって、今ここにいるんだと思います」
そんな「巡り合わせ」には、住田監督の存在もある。彼とはドラマ「架空OL日記」(2017)、「住住」シリーズ(2017・2020)など数々の作品で組み、「架空OL日記」では第36回向田邦子賞を受賞し、映画版も制作された。2人の出会いは2009年にテレビ東京で放送された5分の特撮ドラマ「バカリズムマン対怪人ボーズ」。初めはヒップホップグループ、スチャダラパーのMCであるBOSEとのトーク番組を予定していたのが、ディレクターとして入っていた住田と話すうちにまったく違う番組に変わっていったという。
「僕がヒーローに、BOSEさんが怪人になって戦うという、クレイジーな特撮モノでした。その時に『この人、なんか面白いものを作ってくれるな』と。才能のある方だと思いますし、世代も近くて面白いと感じるものも似ている。もともとバラエティー畑の方なので共通言語が多く、話が進みやすいんです。縁あっていろいろとご一緒させてもらっていますけど、初めは本当にコントのような番組から始まっていました。食事に行ったりもしますし、友達に近い存在ですね」
現在、テレビで7本のレギュラー番組を抱える多忙な日々だが、5月には脚本を務めた新作映画『地獄の花園』が公開。特攻服を着たヤンキー姿のOLたちが熾烈な争いを繰り広げる……という、またしてもぶっ飛んだ世界が展開する。(編集部・石井百合子)
『劇場版 殺意の道程』は公開&配信中