今泉力哉監督が恋愛映画を撮り続ける理由 そのルーツをたどる
2019年に公開された映画『愛がなんだ』がロングランヒットを記録して以来、男女のリアルな会話劇が定評を呼び、恋愛映画の名手とされる今泉力哉監督。公開中の新作『街の上で』もうまくいかない恋に苦悩する青年を主人公にした物語だが、なぜ彼は「恋愛」にこだわるのか。インタビューを通して、そのルーツをたどってみた。
『愛がなんだ』がヒットして以来、三浦春馬さんと多部未華子共演の『アイネクライネナハトムジーク』(2019)、宮沢氷魚&藤原季節共演『his』(2020)、田中圭主演『mellow』(2020)など新作が相次いで公開される今泉監督。今、最も注目を浴びる映画監督の一人だが、その経歴は波乱万丈。一度は映画監督を挫折し、お笑い芸人を目指した過去がある。
映画監督を挫折してお笑いの道へ
「大学で映画を学んでいた時に、いろいろと短編を作っていたんですが、卒業制作で作った映画を先輩や後輩の映画と同時に上映する機会があって。その時に、先輩や後輩が作っている映画と自分の映画が明らかに違っていて、自分はもう絶対監督になれないんだと思ったんです。そこから一度映画から離れて就活をしたりするうちに、自分はテレビも好きで出たがりでもあったので、お笑いの学校はどうかと。自分が出る側でもあるけれど、ネタを書くこともできると思い、大阪のNSC(吉本総合芸能学院)というタレント養成所に通いました」
「1年間でモノにならなかったら諦める」という覚悟をもって入学したNSCで感じたのは「物語を書くのが好きだ」ということ。「先生は基本的に放送作家さんとか、新喜劇の演出の方だったりするんですけど、そういう方たちにひたすらお笑いのネタを見てもらう授業がほとんどで。コント、漫才など2分とか3分のネタを作っていました。例えば、自殺したいが死にきれない主人公と、大金を手に入れた犯罪者が森の中で鉢合わせする話。犯罪者は主人公が金を横取りしようとしていると思い込んで殺そうとするんだけど、主人公は抵抗するどころか『殺してほしい』と。だけど『殺してほしい』と言われると殺しづらい、というようなブラックユーモアのネタとか、ある日大きな段ボールが家に届いて開けると、またひとまわり小さい段ボール箱が出てきて、で、びっくりするぐらい梱包されていて、何度も開けていくと、最終的に麻雀牌の『中』が一個だけ出てくるみたいなシュールな話を作っていたんですけど全然ウケなくて。先生方に『君は「お笑い」じゃなくて「お話」を作りたいんじゃないか』と指摘されて、再度、映画の道に戻ることになりました」
そんな時、今泉監督に大きな影響を与えた映画があった。芥川賞作家・田辺聖子の小説を妻夫木聡、池脇千鶴の共演で映画化した『ジョゼと虎と魚たち』(2003)だ。「映画と離れたらやっぱりやりたいんだなと気づいたところもあります。離れたままでいいと思えなかった。それでやっぱり映画をやりたいと上京を決めていた時に『ジョゼと虎と魚たち』を封切りの日に観て。映画って本当にすごいと圧倒され、自分は映画をやりたいんだと背中を押された思いでした」
映画学校で初の恋愛モノ
再び映画監督を志す決意をした今泉監督が次に扉をたたいたのは、早稲田にある映画学校の「ニューシネマワークショップ」。大学を出て一年間好きにさせてくれた両親に申し訳ない思いもあり、「映画学校に行くときの覚悟、モチベーションは相当高かった」という。「入学前にプロットを考えていました。脚本の審査もあって、40人ぐらいのクラスの中で選ばれた4人だけがフィルムで映画を監督できるシステムだったので、何としてでもその4人に入らなくてはと。結果、選ばれて撮れたものの、それがまあまあ面白くなくて焦りました。その後、ビデオでも撮る機会が与えられて、恋愛モノを初めて撮ったんです。『此の糸』(2005)というタイトルで、三角関係を描いた話だったんですけど、それが自分の恋愛映画の原点だったように思います」
映画監督として歩み始めた今泉監督にとって「恋愛」が重要なキーワードになっていくが、その理由を以下のように振り返る。「オリジナルでシナリオを書くなら、登場人物たちが気まずい状況に陥ったりするなかで起きる笑いみたいなことをやりたくて。それをやりやすいのが恋愛だった。だから恋愛よりも笑いが先にあったと言えるかもしれません」
人生で恋愛の比重が大きい
一方で、「恋愛」が人生で占める割合が大きいとも語る今泉監督。かつて「全然モテなかった」時期に抱いていた思い。それは、出演俳優がほぼ無名ながら話題を呼び劇場公開された『サッドティー』(2013)にもつながっていく。映画専門学校ENBUゼミナールによる劇場公開映画製作ワークショップの作品として制作された恋愛群像劇で、第26回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門に出品された。
「誰かを好きになってもうまくいかなくて、世の中のカップルたちに嫉妬心を持っていた時に至った考え方のひとつに、『夫婦やカップルでもお互いに相手を思う気持ちが五分五分であることはほぼない』ってのがあって。その思いの差を描きたいと思うようになった。思いが少ない方が浮気していたり、浮気がばれて揉めるとか、そういういざこざを繰り返し描いていて、当時の自主映画の上映会のチラシに『ダメ恋愛映画のススメ』だとか『世の中のカップルの7割は片思い』だとか、よくわからないコピーを載せていました(笑)。自分の場合、物事に対して一番葛藤するのが恋愛で、それ以外では何かで葛藤した記憶がない。小学校の時から好きな人がいなかった時期がなくて。だから、映画もホラーなどのジャンルものとか、社会的なことを描くよりも恋愛のいざこざや、そういうことで葛藤する人物を描く傾向にあったように思います」
リアルな会話劇に実体験アリ
今泉監督の恋愛モノといえば、リアルな会話劇が定評だが自身の実体験を反映することもあるのだとか。「オリジナル脚本は主に実体験を入れて作りますし、例えば『愛がなんだ』は原作モノですけどそこにも実体験は存在しています。岸井ゆきのさんがベッドで成田凌さんに『そんなに魅力ないか、わたし』って言うシーンがあるんですけど、あれは僕が言われたことのあるセリフをそのまま使っています。なんか、万人に届くような言葉を意識するよりも自分が言われたこと、経験したことって強いと思うんですよね。誰かが本当に発した言葉ですから。それをどう映画に落とし込むかの調整は必要になりますけど」
新作『街の上で』では全編下北沢でロケを敢行し、自主制作映画への出演依頼を受けた古着屋の青年(若葉竜也)と、4人の女性(穂志もえか、萩原みのり、古川琴音、中田青渚)の交流が描かれる。一見つながりのない関係が「恋愛」というワードでつながり、大団円を迎える展開も見ものだ。今泉監督にこんなことを聞いてみた。「恋愛は面白いもの? それともつらいもの?」
「どっちもありますよね。でも好きな人ができるということは、つらさも含めて素敵というかいいことだと思っていて。その人をきっかけに何かを好きになったり知ることもあるし」との答え。結婚した時には満たされたことでもう映画を作れなくなるかもしれないという恐怖もあったというが、今のところまったくそんな気配はなく、「アセクシャルとか含め、好きな人ができないという人もいると思うし、逆にそういう人をこれから描こうとも思っています」と話していた。(取材・文:編集部 石井百合子)