世紀の大ヒット作！『タイタニック』は何がすごいのか？
日本でも興行収入262億円を記録し、洋画および実写映画としてトップに君臨し続けている不朽の名作『タイタニック』（1997）。日本テレビ系「金曜ロードショー」での放送（7日と14日に前後編として2週にわたって放送）を前に、ジェームズ・キャメロン監督・脚本による世紀の大ヒット作の魅力に改めて迫る。
『タイタニック』は、第70回アカデミー賞では作品賞と監督賞をはじめ11部門で受賞し、日本での興行成績も歴代3位につけている大ヒット作品（興行通信社調べ）。3時間14分（！）という長尺ながら、これほどの数字を記録したことは恐るべきこと。20世紀最大の海難事故と言われたタイタニック号沈没事故の史実をもとに、画家志望のジャック・ドーソンと、彼と船上で運命的な出会いを果たす上流階級のローズ・デウィット・ブカターによる身分の格差をこえた恋の行方が描かれる。
ハリウッド初の深海潜水調査
1912年4月10日、処女航海に出発したタイタニック号。物語の冒頭の現代パートでは、調査団が沈没した伝説のタイタニック号に眠る秘宝「青き海の心」を追う、リアルな潜水調査のシーンが描かれている。もとよりキャメロン監督にとって重要だったことは、映画を作るということよりも、沈没したタイタニック号の潜水調査のほうだった。映画の撮影が始まる前に、キャメロン監督は北大西洋上で25日間にわたって12回におよぶ潜水を行い、ハリウッドでは初となる本格的な深海潜水調査を敢行。沈んでいるタイタニック号を撮影した素材は、実際に劇中でも使用されている。
少年時代にロイ・ウォード・ベイカー監督の『SOSタイタニック／忘れえぬ夜』などでタイタニック号の伝説に魅了されたキャメロン監督。その後、1985年に北大西洋の深海でタイタニックを発見したロバート・バラードのドキュメンタリーでROV（遠隔操作探査機）の存在を知る。そして、『アビス』で水中撮影監督を務めたアル・ギディングスが監督した『タイタニック 深海に眠る悲劇の豪華客船』などを観たキャメロン監督の思いは決定的なものに。その後、弟のマイク・キャメロンが開発した撮影用のハウジングなども用いて、タイタニック号の潜水調査というハリウッドでは前代未聞の試みに挑んだのだった。
キャメロン監督は同時に、タイタニック号の生存率において階級と性別によって大きな差があることに関心を抱く。生存率で見ると、一等船室の女性客が97％にのぼるのに対して、三等船室の男性客はたったの16％だった。ここからジャックとローズによる「タイタニック号を舞台にしたロミオとジュリエット」としての恋愛物語が着想されることになる。冒頭のリアルな映像は、その後に描かれる恋愛物語が「本当にあったことかも……？」という確かな説得力を与えている。
あまりに完璧なキャスティング！
ジャックとローズを演じたのは、映画史に残るベストカップルと言ってよいレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレット。この二人の名演なくしては『タイタニック』の魅力は語ることができないだろう。
キャスティングを担当したのは、それまでも『ターミネーター2』でジョン・コナーを演じたエドワード・ファーロングを見出した功績もあるキャスティング・ディレクターのマリ・フィン。アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた『ギルバート・グレイプ』や『バスケットボール・ダイアリーズ』などで演技力を評価され、すでに『ロミオ&ジュリエット』にも出演することが決まっていたディカプリオと、ピーター・ジャクソン監督の『乙女の祈り』や、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた『いつか晴れた日に』などの作品で存在感を示していたケイトの名前が挙がった。
時代物にも多く出演していたことから“コルセット・ケイト”という異名も持っていたケイトは、ディカプリオとともに行ったセリフの読み合わせで、すぐさまキャメロン監督からローズ役への採用を言い渡される。そのイギリスへの帰路でケイトは、キャメロン監督に「あなたのローズ」とサインを添えた一本のバラを送っている。一方、ジャック役にはマシュー・マコノヒーやクリス・オドネルといった当時すでに人気のあった俳優たちがリストアップされ、トム・クルーズも代理人を通して強い関心を寄せていたが、ディカプリオ自身は等身大の男性を演じることに気乗りしていなかった。
キャメロン監督も当初、ディカプリオについて貧弱なイメージを持っており、好印象を抱いていなかった。だが、ケイトとのセリフの読み合わせですぐさまジャックに成りきり、キャメロン監督を驚かせる。その後、ディカプリオとの3か月ほどにおよぶオーディションを重ねた末に、ジャック役がいかに難しい役どころかと説明し、ディカプリオの役者魂に火をつけることで口説き落とした。ケイトとディカプリオが見事な化学反応を生み出したことは、今では誰もが知るところだ。
豪華客船を再現した規格外の撮影！
キャメロン監督による潜水調査やキャスティングは着々と進められていたが、製作にあたって正式なゴーサインが出たのは1996年5月のこと。誰もが結末を知っている歴史的な物語であり、もちろんシリーズ化も不可能、そして何よりキャメロン監督のそれまでの成功作のような観客が期待する要素がないということで、興行的には大きな成功を見込めないとされた。予算は1億1,000万ドルが用意されたが、結果的には2億ドルを大きく超える、当時の「製作費史上最高の映画」となった。同じ海を舞台にしたケヴィン・コスナー監督作『ウォーターワールド』が興行的に失敗（製作費はおよそ1億7,000万ドル）したばかりだったこともあり、公開前からマスコミによる容赦ない批判が寄せられることになる。
タイタニック号のレプリカなど撮影のための施設が建造されたのは、アメリカ国境からわずか30分ほど南に下ったところにある、メキシコのバハ半島に位置する寂れたリゾート地ロザリート。セットの建設費や人件費も抑えられ、ロサンゼルスからも遠くないこの地に巨大レプリカが作り上げられることになる。フォックス・スタジオ・バハという名前だが、たった100日で建設されたことから「100日スタジオ」とも呼ばれた。およそ16万平方メートルもの土地に、5つの撮影スタジオや世界最大級の野外タンク・家内タンクなどが急ごしらえで作られる。
もちろん撮影の規模は半端ではない。イギリスのサザンプトン港を出港する場面では英語やスペイン語を話す2,000人ものエキストラが参加し、傾いた船の甲板で1,500人もの乗客が船尾に向かって走る場面もあった。セットが広すぎるため、トランシーバーでSOSを叫ぶスタッフも続出したというエピソードも残されているほどだ。
正確に複製されたタイタニック号は、フォックス社が買い上げた土地に合うように実寸大より27メートルほど短く設計されたものの、10階建てで約236メートルという大きさ。甲板までの高さやドア、舷窓、救命ボート用の吊り柱のサイズは本物と同じものが用意された。片側だけが作られず、船体の反対側はフィルムを反転させて撮影するために、鏡写しのサインやユニフォームやロゴが用いられた。キャメロン監督の細部に対するこだわりは尋常でなく、一等船室のダイニング・ルームの家具や陶器は忠実に再現、備え付けの文房具やタイタニック号を所有するホワイト・スター・ライン社のロゴが入った灰皿なども制作されている。
徹底して再現されたのはタイタニック号と船着場だけではない。例えば、ローズを救ったお礼にジャックが赴くディナーの場面は、300人もの男女が大階段（本物のオーク材の支柱と羽目板を使用し、手すりにはオリンピック号をモデルにした彫刻が施された）を降りる、きわめて華やかなもの。そしてテーブルに着くのは150人ものコア・エキストラと呼ばれる集団で、エドワード朝様式の歩き方や食事の所作、笑い方に至るまで、完璧な礼儀作法が叩き込まれた。
あの名シーンと名曲はこうして生まれた！
『タイタニック』の代名詞と言える名場面といえば、夕陽をバックに船首でキスをするロマンチックなシーン。撮影を担当したのは本作でアカデミー撮影賞を受賞することになるラッセル・カーペンターだが、この場面では合成ではなく本物の夕陽を使った撮影にこだわった。昼間の陽光を生かしたデッキの場面の撮影は8日間のスケジュールが設定されており、夕暮れのたびにリハーサルが行われた。が、なかなか絶好のチャンスは訪れず、そのまま最終日を迎えてしまう。
日暮れまで1時間というときも黒い雲が空を覆い尽くしていたが、太陽が顔を覗かせた少しの時間を狙ってなんとか撮影が行われた。翌日、現像された映像はピントが少し甘く、それがかえって効果的な作用をもたらした。自然の風もタイミングよく吹き、奇跡的に生まれた名シーンをキャメロン監督は採用することに決めたのだった。ちなみに、その後、クローズアップや視覚効果のためのショットを追加で収録するために、ケイトとディカプリオはキスシーンの撮影に臨んだが、ディカプリオは二人で交わしたタバコ、タマネギ、ニンニク、コーヒーを控えるという約束事をことごとく破り、不名誉にも「悪臭レオ」というあだ名を与えられることになった。
そして、セリーヌ・ディオンが歌った映画史に残るテーマソングも欠かせない要素だ。音楽を担当したジェームズ・ホーナーは『エイリアン2』にも参加しており（その後は『アバター』にも）、そのときは仲違いに近い形で仕事を終えたが、『タイタニック』でおよそ10年ぶりのタッグを果たすこととなった。ローズの感情をダイナミックに表現するべく、友人だったセリーヌ・ディオンを起用することを決める。
作詞をウィル・ジェニングスに依頼し、彼女に歌って聞かせてレコーディングすることにしたが、これらはすべてキャメロン監督の許可なし。「歌は絶対になし」というキャメロン監督の意志もあったにもかかわらず、映画に見合うのは独唱しかないと判断し、レコーディングした曲を聞かせて説得することに決める。キャメロン監督は音源を聞いたときに歌であることに難色を示したが、映画のドラマチックなテーマが表現されているとわかり、採用を決めた。結果的に「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」はアカデミー賞歌曲賞を受賞し、世界で大ヒットを記録した。（編集部・大内啓輔）
参考文献
レベッカ・キーガン著、吉田俊太郎訳「ジェームズ・キャメロン 世界の終わりから 未来を見つける男」フィルムアート社刊
クリストファー・ハード著、比嘉世津子訳「ジェームズ・キャメロン 世界と人生」愛育社刊
エド・W・マーシュ著、ダグラス・カークランド撮影、名木宏之訳「ジェームズ・キャメロンのタイタニック」竹書房刊