俳優・山田孝之が取り組む改革 活動を広げる理由
俳優の佐藤二朗が脚本・監督を務めた映画『はるヲうるひと』で、命を削るような熱演を見せた山田孝之。役者として真摯(しんし)な姿勢を貫きながら、『デイアンドナイト』ではプロデューサーを務め、『ゾッキ』では監督業にも挑戦するなど、そこには肩書きに縛られない彼独自の自由なスタンスがある。「つねに表現者でありたい」と語る山田に、現在の立ち位置を聞いた。
俳優、監督、プロデューサー、多才な顔を持つ山田
佐藤監督も一目置くほど、山田の演技には人を引き込む力がある。そのスキルの高さは誰もが認めるところだが、山田自身は、俳優業だけに止まらず、プロデューサー、監督、過去にはバンド活動にも情熱を注いだことも。彼にとって活動の“軸”は何なのか。「正直、自分の軸なんて考えたことないです。僕はただ、芝居が好きだから芝居をやっているだけ。監督に関しては、竹中(直人)さんのお誘いを断りきれなかった、ということもありますが、やりたいと思ってすぐにできることではないので、『いい経験になる』と思ってお引き受けしました」と、あくまでも自然の流れを強調する。
ところが、プロデューサーに関しては、「やりたいか? と問われたら、これに関してはゼロです!」と意外な答え。これまで携わった作品も、「本音を言えば、誰かにやってもらいたかった」と苦笑いする。では、そこまで乗り気ではないプロデュース業をなぜ請け負うことになったのか。「映画が完成すると、宣伝のタイミングが来るじゃないですか。その稼働率がものすごくて、少々疑問を感じていたんです。でも、愚痴を言っていても何も改善しない……だったら、自分がプロデューサーになって現状を見直すしかないと」。つまり、働き方改革のために山田は立ち上がったのだという。
懇願されて重い腰を上げる受け身タイプ
その改革は、俳優、スタッフの労働状況を見直すだけでなく、日本映画の在り方全体に関わってくると山田は言う。「撮影が終わったら、絶対に8時間空けるとか、働く女性のために託児所を設けるとか(『ゾッキ』で齊藤工監督が提案)、僕がプロデューサーとしてお金を集めてきたら、いろいろルールを改善できるので、俳優やスタッフが働きやすい環境を作ることができる。そうすれば、今より作品のクオリティーがアップし、もしかすると、日本市場だけでなく、アジアにも売っていけるかもしれない。市場が広がれば予算も増え、さらに余裕を持って撮影することができる。僕は俳優やスタッフをリスペクトしているので、できる限り全力を注いでいただける環境を作りたい、その思いだけでやっているんです」。
もはや、プロデューサーの鑑と言える山田だが、今まで自分から率先して、こうした役割を担ったことは1度もないのだとか。「僕は常に受け身。仕事仲間から『一緒にやらないか?』と懇願されて、初めて重い腰を上げるタイプ。ただ、頼まれたからには、とことんやらないと気が済まないので、それが目立ってしまって、いろんなことに手を出しているように見えるのかもしれません。僕としては、いい環境でいい作品ができればいいので、自分のイメージなんてどうでもいいんですけどね」。
そして、すべては“経験”だと言う山田。「監督やプロデューサーは大変な仕事ですが、無駄なことは一つもないし、その経験が身となり、いずれ役をつくる上で返ってきますから」と目を輝かせる。「すごく広い意味になってしまいますが、役者をはじめ、すべての活動をひっくるめて『表現』なんですよね。そういった意味では、しいて僕を言い表すなら『表現者』かもしれません」。
そんな山田が主演する本作は、佐藤二朗が主宰する演劇ユニット「ちからわざ」で2009年に初演した舞台劇を、原作者である佐藤自らが映画化した人間ドラマ。主演に抜てきされた山田は、売春宿が点在する架空の島で、持病に苦しむ妹・いぶき(仲里依紗)をいたわりながら、冷酷非情な兄・哲雄(佐藤)の暴君ぶりに怯える青年・得太をもがき苦しみながら体現している。脚本を何度も読み返し「涙が止まらなかった」という山田の“表現者”としての力量が、観客を映画の世界へと引き込むことだろう。(取材・文:坂田正樹)
映画『はるヲうるひと』は全国公開中