佐藤健、細田守監督の決断に衝撃!竜の声がほぼ加工ナシになった理由
細田守監督が『サマーウォーズ』(2009)に続いて、現実とインターネットの二つの世界を舞台に描いた最新作『竜とそばかすの姫』(7月16日公開)。劇中の仮想世界<U(ユー)>の中で、皆に恐れられている謎の存在「竜」の声を担当した佐藤健が、終始手探りだったというアフレコを振り返ると共に、佐藤の出演を熱望したという細田監督がその予想を上回る表現力を明かした。
劇中に登場する<U>とは、世界中から50億人が集うインターネット上の仮想世界。そこでは<As(アズ)>と呼ばれる自分の分身を作り、全く別の人生を歩むことができる。主人公は、高知の田舎町に住む平凡な女子高校生・内藤鈴(すず)。母を亡くして以来、歌うことができなくなっていた彼女が、<U>の世界でベルという<As>として自作の曲を歌ったことから、謎の歌姫として世界中の人気者になっていく。そして次第に彼女が惹かれるのが、佐藤の演じた「竜」と呼ばれている<As>。<U>で混乱を巻き起こす行動理由や背中の大きな傷には秘密が隠されており、彼が現実世界では何者なのか、その正体を皆がつきとめようとすることが、物語の大きな柱の一つとなる。
難役である竜については、細田監督自身もシナリオや絵コンテを描いている時から「これは一体誰がやれるんだろう?」と思っていたそうだが、キャスティング会議を開く前の段階からプロデューサーなどに「佐藤健くんにやってもらいたい」と話していたという。「竜という役は、健くんの表現力が必要だと強く思っていて。彼は素晴らしい表現者で、しかも表現するものに対して誠実。映画全体の謎に関わることも含め、この役をできるのは日本の表現者の中でもほんのわずかで、その中の一人が間違いなく健くん。以前にお会いする機会もあったので健くんしかいないと、藁をも掴む思いでした」
オファーを受けた佐藤は、「本当に僕にやってほしいと思ってくださっているようだと、熱量はとにかく伝わってきました」と振り返る。「光栄でありがたいことですが、僕は自分のことを素晴らしい表現者だとは思っていないし、今回のような声のお仕事に関しては素人ですから、『ええっ!?』と思いました」と戸惑いがあったようだ。「できる限りその気持ちに応えたいと思いつつも、応えられるのだろうかという思いも同時にありました」と佐藤は言う。
アフレコが始まってからも「元々すごい役者さんだと思っていたけど、アフレコを見て、もっとすごいと思いました」と佐藤に圧倒された細田監督。「健くんは自然体とデフォルメ、どちらの表現もうまい人。今回はデフォルメでいくのかなと思っていたところ、すごく生々しいリアルさを持って表現したのを聞いた時に、特に『すごい』なと。予想を裏切ってくるというか、驚きました」と、期待を軽々と上回る表現力を目の当たりにした。「人間というのは表面だけでなく、その裏に何層もの皮があり、剥いても剥いても別の顔が見えてくるもの。それが映画やアニメでキャラクターを味わう醍醐味でもあるけれど、表現力がないと演じられない。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、健くんは今回の役で、何枚も皮を剥いた先の奥にあるものを表現しているんです」
今回のアフレコで細田監督は「キャスティングした時点でお任せですから」と、積極的には演出をしなかったそうで、佐藤も「基本的にはまず自由にやらせていただいたあと、細かい指示やリクエストがたくさんあるだろうと思っていたら、想像よりもはるかになくて、(細田監督から)『そんな感じで』と言われるだけでサクサクと進んでいきました」と述懐。細田監督にしてみると「一言目から勘が良く、いきなり正解を出してくるので本当に言うことがない」とのことだが、佐藤は「正解がわからないので、『これで合っているのかな?』と思いつつも、監督が『OK』と言ってくれるから、それを信じてこのままやろうと。最後まで役を掴んだ感覚はなくて……」と苦笑する。
さらに「僕も含め声優経験が少ない方や初めての方も多い中、ここまで託してくださるというのは全く想像していませんでした」と語る佐藤だが、細田監督の演出術のようなものは感じとったらしく、「表現者としてリスペクトしてくださって、ちゃんと引き出してくれるということには、監督の懐の深さと演出家として大事にしているものが垣間見えた気がして、『なるほど、これが細田組なのか』と。それは細田監督が愛される理由と共に、ちょっとだけ掴めた気がします」とのこと。佐藤にはキャラクターの説明などもしなかったそうだが、その理由について細田監督は「言ったところで演出家の自己満足にしかならないから、基本的には何もしないです。それよりは感覚で捉えて表現してくれる表現者たちの力の方がすごいので、そこに期待してキャストの皆さんにはお願いしていますから」と明かす。
完成した作品を観た佐藤は、「キャラクター、美しい映像、音楽、すべてに理屈じゃないところで胸を打たれたし、特に中盤から後半にかけてはずっと琴線に触れるというか、涙腺が刺激されっぱなしの状態ですごく感動しました」と大満足の様子。一方で、非常に驚いたこともあり、「予告編では竜の声に細工がされていたから、そういうものだと思って観ていたら、完成品では『ない!』って(笑)」と、初号試写で衝撃を受けたそう。これについて細田監督は、「最初は謎の存在の竜だから、予告編のように少し声に細工を加えようと思っていたんです。でも健くんの演じた竜の声はいろんなものを踏まえて表現されているから、最終的にはすべて細工を取り、アンビエンス(※反響)だけにしました」と明かす。
最後まで佐藤の表現力を褒め称える細田監督に、佐藤は「これからも細田監督を失望させないように頑張っていかないといけないですね」と終始恐縮。今後の声優参加の意欲について問うと、「声優さんのすごさへのリスペクトがあるので、声の仕事は声優さんがやった方がいいと思っています。いまだに僕は、竜が自分でよかったのかも疑問で」と少し不安気だが、参加できたことには「こんな素晴らしい作品の力に少しでもなれたことは非常に誇りですし、光栄なこと。それは間違いないです」と力を込める。ただし「自分が出ているという邪念がなくて観ていたら、もっとすごいテンションで『素晴らしかった!』と言っていると思います(笑)」と、またまた苦笑。そんな佐藤の言葉に爆笑する細田監督は「そんなこと言わないでまたお願いしますよ」と、再タッグのラブコールを送っていた。(取材・文:天本伸一郎)