7年ぶり主演『空白』が大ヒット 古田新太の後輩を魅了する流儀
公開中の吉田恵輔監督作『空白』で、約7年ぶりに3作目となる映画主演を務めた古田新太(55)。映像作品での主演は多くないが、主戦場の舞台では数多くの主演を務めており、劇団☆新感線の看板役者でもある。コメディからシリアスまで幅広い作品で独自の存在感を発揮しており、『空白』では、万引きを疑われて逃げる最中で事故死した娘の無実を証明しようと執拗に周囲を追い詰めていくシングルファーザーに。その鬼気迫る迫真の演技で注目を浴びる古田に、あらためて注目してみた(吉田恵輔監督の「吉」はつちよしが正式表記)。
舞台からスタートした下積み時代
小学生の時に見たミュージカルで、突然歌い踊る面白さや、さまざまな職業を演じられることに魅力を感じ、ミュージカル俳優を志すようになった古田。バンド活動や漫画を描いたりもしていたが、高校では演劇部に所属し、クラシックバレエも学び、大阪芸術大学芸術学部舞台芸術学科ミュージカルコースに進学。他の劇団に所属していた大学1年生の時に先輩の渡辺いっけいに誘われて、人手が足りなかった劇団☆新感線の公演に一度だけのつもりで参加したが、続けてキャスティングされてしまううちに当時の看板役者だった渡辺いっけいや筧利夫らの先輩が退団し、自らが同劇団の看板役者となっていった。
劇団☆新感線がチケットをとるのが難しい人気劇団となっても、エンターテインメント性豊かな同劇団は、派手な演出などで赤字が続き、古田が35歳になるまで同劇団の公演ではギャラをもらったことがなかったと2017年に出演した「巷の噺」ほかの番組で語っている。そのため、外部公演舞台への出演や映画・ドラマなどで俳優として稼げるようになるまではアルバイトもしつつ、早くから関西の深夜枠で升毅や生瀬勝久ら関西の人気小劇団の俳優たちと共に「現代用語の基礎体力」(1989~1990)などのコント番組やバラエティ番組にも出演。
関西での人気を背景に東京にも進出し、1991年にはフジテレビの深夜番組「ヤマタノオロチ2」の司会や、ニッポン放送でラジオ「オールナイトニッポン」の木曜1部のメインパーソナリティを担当。ほかにもMBS「ヤングタウン」などラジオ番組へのレギュラー出演は多く、さらには雑誌連載ほか多彩な活動を経てきている。現在も豊富な音楽的知識を活かして、テレビ朝日系の音楽バラエティ番組「関ジャム 完全燃SHOW」にレギュラー出演中だ。
1992年頃から全国放送のドラマにも出演するようになり、2000年の「池袋ウエストゲートパーク」のヘビーE役や2002年の「木更津キャッツアイ」のオジー役などの宮藤官九郎脚本作品で特に注目を集めるようになった。以降も宮藤脚本のドラマ、映画、舞台には多数出演しており、2013年の朝ドラ「あまちゃん」の荒巻太一役でも人気を博した。
勝地涼、生田斗真、小栗旬…後輩に慕われる懐の深さ
舞台関係者を中心に交友関係も広い古田は、若い俳優たちにも慕われており、特に舞台で共演した俳優たちはその立ち姿や立ち回りの華麗さに魅了され、憧れを抱く者や再共演を望む者も多い。また、芝居論を語ることは好まないようだが、現場の風通しを良くするために先輩後輩を問わず声をかけたり、豊富な舞台経験で身についたテクニカルな部分についてのアドバイスをすることは多く、それが的確なことも慕う者が多い理由のようだ。例えば舞台である台詞を言う時に、間を空けずに一息で言ったほうがいいとか、逆にワンブレス置いて間を空けて言ったほうがいいなど。それは宮沢りえなどにアドバイスしたことで、観客に次の台詞を予想させる間を与えないほうが笑えることもあれば、間を空けることで観客が面白さに気付いて笑えることもあるのだと、2014年に出演した「サワコの朝」などで語っている。
共演も多く、古田を慕う勝地涼は、「あまちゃん」で1話しか出演していないにもかかわらず“前髪クネ男”として強烈なインパクトを残したが、その独特な芝居は古田の演技指導から生まれたもので、「勝地涼という役者の半分は古田新太で出来ている」とまで2021年に出演した「櫻井・有吉THE夜会」など多くの番組で語っている。ほかにも古田を慕う後輩俳優たちは多く、生田斗真、小栗旬、藤原竜也、松本潤らが、携帯電話を持たず毎日のように行きつけのどこかの店で飲んでいる古田を探し回って一緒に飲むという遊びをしていたと、2017年に出演した「ごごナマ おしゃべり日和」ほかの番組で古田自身が語っている。
映画では舞台と全く異なるアプローチの演技
古田の芝居に圧倒された俳優たちは、『空白』で共演した松坂桃李、藤原季節らもしかりで、映画のPRイベントなどでは口々に古田のすごさを物語っていた。舞台では華のある立ち回りなどで魅了するが、どんな芝居でも表情が変わらないのに感情が伝わることが上品で格好いいと考えている古田は、無表情でも感情を伝えることができ、静かな芝居で感情をコントロールできる柄本明のような芝居に憧れていることを2017年に出演した「SWITCHインタビュー 達人達」などの番組で語っている。まさに『空白』での古田は、怒りの感情などは露わにするものの、あからさまな表情の変化などはあまりなく、基本的には最初から最後まで一貫した同じような芝居の表現に徹しているにもかかわらず、感情の変化がきちんと映し出されている。それは吉田恵輔監督の演出の妙でもあるが、あからさまに表現を変えなくても、周りの人間との関わり方によって主人公の感情が見えるし、余計なことをしないからこそ、観る者に想像させる余地もあって豊かな芝居となっている。
同作は、全国201館で公開され、9月25日~9月26日の全国映画動員ランキングで初登場6位にランクイン。23日の初日から4日間で興行収入5,800万円を突破する大ヒットスタートを切った(数字は興行通信社、配給調べ)。硬軟おりまぜ幅広い役柄を演じている古田だが、シリアスな芝居に徹した『空白』は間違いなく古田の代表作の一つといえるだろう。
今後の古田は、フジテレビ系の連続ドラマ「SUPER RICH」(10月14日スタート)に、江口のりこふんする主人公が立ち上げた電子書籍出版社の編集長役で出演。なお、俳優としての古田には、映像作品と舞台ではそれぞれに違った魅力があるので、舞台での古田を見たことがない人には、まずは劇団☆新感線の舞台を映像化したゲキ×シネの「五右衛門ロック」シリーズなどを見ると、歌って踊れて、笑いもとれるといった、その魅力の一端がよくわかることだろう。(文:天本伸一郎)