新選組が人々を魅了する理由は?『燃えよ剣』原田眞人監督がたどり着いた答え
原田眞人監督が岡田准一と2度目のタッグを組み、『関ヶ原』(2017)に続いてまた一つ、積年の時代劇企画を実現させた。『燃えよ剣』(公開中)がそれで、原作者は『関ヶ原』と同じく歴史小説の大家、司馬遼太郎(遼のしんにょうは点2つ)。「実は『日本のいちばん長い日』(2015)、『関ヶ原』に次ぐ3部作」という原田監督にその真意、並びに主人公の新選組副長・土方歳三への熱き思い、さらには「時代を超えて新選組が語り継がれる理由」などを聞いた。
新選組とはどんな存在?
まずは“3部作”とのことだが、原田監督いわく「日本の3大変革期ですよね。『関ヶ原』は1600年、東軍・徳川家康vs.西軍・石田三成の天下分け目の決戦、『日本のいちばん長い日』は1945年、国の敗戦を描いていて、この『燃えよ剣』では新選組が新政府軍に破れた1868年が重要になってくる。つまり共通しているのは、そこで無念のまま果てていった人たちがいるという事実です」
すなわち江戸末期、開国か攘夷かで時代が大きく揺れる中、徳川幕府の後ろ盾として結成された新選組の志士たちの苛烈な運命……中心となるのが土方歳三や近藤勇といった生粋の武士ではない元バラガキ(ならず者)だ。「彼らは武州多摩の田舎、農民の出で、ことに土方は日本一の喧嘩師を目指していく。その延長線上に新選組結成があり、剣の腕をひたすら磨くもやがて、洋風の軍隊作りも取り入れていく。それは喧嘩師としての土方の筋の通った生き方だったんですね」と原田監督は語る。
土方役の岡田准一や新選組局長・近藤勇役の鈴木亮平を筆頭に豪華キャストが集結した今回の映画化。敬愛する司馬遼太郎の小説「燃えよ剣」は、局長の近藤よりも副長である土方の存在を粒立たせたことが画期的であった。そこが本作でもポイントだが、司馬の別の小説「王城の護衛者」も参照したそう。無政府状態の幕末に、京都守護職を命じられた会津藩最後の藩主・松平容保(かたもり)の悲劇を綴ったもので、「容保は、歌舞伎役者の尾上右近さんに演じてもらいました。言わば上役となる、新選組の成り立ちを押さえる上で必須な人物でしたから」。原田監督は念を入れて、史実の展開をダイジェストにしないよう務めたのだ。
隊服は浅葱色ではなく黒!
さて、新選組の隊服といえば「浅葱(あさぎ)色のだんだら模様の羽織」と流布されてきたが、「早い段階から黒の隊服の集団に、とのイメージでした」とキッパリ。衣装デザインはその道の第一人者、名コンビの宮本まさ江。原田監督はこう述べる。「司馬先生の先達に子母澤寛(しもざわ・かん)さんがいまして、『新選組始末記-新選組三部作』は関係者へ取材し、談話を取りまとめたものなんです。で、新選組の屯所として使われた八木家の御子息が老年になられてから、子母澤さんに新選組の印象を聞かれ、『黒の隊服』と答えている。なぜならば『だんだら模様は安っぽいから土方たちが嫌っていた』と。大島渚監督の『御法度』(1999)でも黒い羽織でしたが、色はリアルだけども隊服としては襟が立っていて着づらく戦いにくそうでもあったので、もう少し機能的で、なおかつセンス良くと。例えば局長の近藤と副長の土方の間では、二本線と一本線の差をつけて将校のマークのようなものを入れてほしいと多々、宮本さんにはオーダーを出しました」
岡田准一の意表を突く殺陣
前回の『関ヶ原』でも絶賛評であったが、2作目のコラボとなった岡田准一については、「超一流の武芸者が俳優のフリをしているような人」と改めて称え、「歴史を深く学んでいて、心身共にどの時代にも飛び込んでいけるだけの知性と肉体を持っている」とも。全幅の信頼を置いていることは次の言葉からも自明だ。「土方の殺陣に関しては全て、岡田さんに考案してもらいました。新選組初代筆頭局長・芹沢鴨(伊藤英明)との一戦は、対する土方が何とか対処しているリアルな感じを出したくて、2人の顔をはっきり見せるための鍔迫り合い(つばぜりあい)ではなく、体と体がぶつかり合った時に仕方なく接触する……と、そんな大雑把なアイデアを出したら岡田さんが上手く生かしてくれましたね。“油小路事件”の、藤堂平助(金田哲)との一騎打ちでは、長年対立していたので粘着質ぽくとお願いしたら、それを何とワルツのリズムの殺陣に変換してみせた。土方以外にも、斎藤一(松下洸平)の左利きの特性を生かした一撃の必殺剣を編み出してもらったり、あとオープンセット、フルスケールで再現した池田屋事件。ここは岡田さん含めて殺陣師チーム全員で挑みましたけど、想定以上のものになり、大変気に入っています」
時代劇にビゼーのオペラを用いた理由
原田監督は若き日にロンドンへと語学留学し、またロサンゼルスをベースにした映画評論活動や監督修行の経験もあり、その点でも“開かれた目”を持っていた土方へのシンパシーが伺える。「僕との共通項を探すならそこですよね。早くから開国思想に触れていた。劇中にも登場しますが、市村正親さんにお願いした本田覚庵(ほんだ・かくあん)は実際に漢学や書道を教え、しかも西欧の新しい文明にも明るかったフシがあるので拡大解釈をし、広い意味での“土方の師”としました。オープニングや映画内で、フランスの作曲家ジョルジュ・ビゼーのオペラ『真珠採り』のアリア『耳に残るは君の歌声』を使っているのですが、初演が1863年で、新選組結成の年なんですよ。要するに土方の激動期とビゼーの音楽が同時代であることを強調しているんです」
そうやって歴史に「補助線」を引き、フィクションを通じて本質を探るのが原田映画だ。では、新選組が時代を超えて、語り継がれる理由とは?
「幕末というのは人を殺すことが当たり前で、そのことでしか自己変革できなかった時代。薩長の志士たちの方がもっと陰惨で、リサーチをすればするほど新選組にはある種の“清々しさ”みたいなものを感じる。コアにあるのは土方の生きざまで、この映画では『形がよくねえ』としきりと言わせていますけど、つまり筋が通っているかどうかが重要。薩長では僕の好きな藩士、桂小五郎にしても名前が木戸孝允になり、どんどん中身も変わるが成長ではなく、したたかになっていく。かたや土方の場合はピュアになっていき、それが新選組全体のイメージと重なり、多くの日本人に定着しているのではないですかね」
最後に、「『関ヶ原』『燃えよ剣』と来て、司馬遼太郎トリロジーで考えると、次は忍者ものをやりたい!」と原田監督。時期尚早なのはもっともだが、大いに期待するところだ。(取材・文:轟夕起夫)