ケネス・ブラナー、ロックダウン中に脚本執筆『ベルファスト』で描く少年時代
今年の第46回トロント国際映画祭で最高賞にあたる観客賞を受賞し、米国アカデミー賞の作品賞候補としても有力視されているケネス・ブラナー監督の新作『ベルファスト』。1969年、北アイルランドの首府ベルファストを舞台にした労働者階級の家族の物語で、モノクロ作品だ。先日、ロサンゼルスで開催された、非営利団体 Film Independent 主催の試写会にブラナー監督とキャストたちが出席し、作品の舞台裏を語った。
コロナ禍のロックダウン中、短期間で本作の脚本を仕上げたブラナーだが、ベルファストについて書くために何十年もノートを書き溜めていたといい、「8週間と50年で書いたんだ」と説明。彼の少年時代を基にしているものの、完全な自伝ではなく、半自伝的な作品だと明かす。「50年前の話で、9歳の少年(バディ)の視点で描かれる。それは、必ずしもドキュメンタリー的な真実ではなく、感情的な真実なんだ。ある出来事をただ再現した以上のものにするには、半自伝的である方がいい。僕は、観客が自分の子供時代を思い起こして、この作品に共感してくれていることに、とても興奮しているよ」
今やイギリスを代表する監督としても知られるブラナーだが、もともと、王立演劇学校を首席で卒業し、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで多くの舞台に立ったエリート俳優だ。そのため、役者に寄り添った演出を得意とし、家族の絆を描く本作でも手腕を発揮している。家族の精神的支柱となる母親を演じたカトリーナ・バルフ(「アウトランダー」)も、役者のことを熟知しているブラナーの演出を絶賛する。
「リハーサルの初めに、とても素敵な日がありました。ケネスは、家族を演じる私とジェイミー(・ドーナン)、キアラン(・ハインズ)、ジュディ(・デンチ)を集めて、みんなで座って話をしたんです。そして彼は、私たちの親や子供時代について尋ねた。そうやってお互いをよく知ることで、私たちはすぐに落ち解けることができたんです」。
一方のブラナーは、役者たちがそうしたアプローチに対してオープンでいてくれたことに感謝していると語る。「役者たちがとても寛容だったから、そういうことができたんだ。よく知らない人には、個人的なことを話したくなかったりするよね。とても自分をさらけ出すことだから。役者たちの間に、みんなが手をつないでいる感覚を感じることができて、とても嬉しかったよ。それこそこの作品に欠かせない要素だからね」
『フィフティ・シェイズ』シリーズで知られるドーナンはバルフの夫役で出演。初共演だった彼女とも、すぐに意気投合したという彼は、劇中で素敵なダンスシーンを披露している。「僕らは、とてもぎこちないダンスのリハーサルで初めて会ったんだ。カトリーナと仕事をするのはとてもやりやすかったけど、2人ともダンスが得意じゃなかったから。でも、そのおかげで、すぐにお互いの間に絆が芽生えたんだよ」。
映画の冒頭、カトリックとプロテスタント間の軋轢(あつれき)から起きる暴動(北アイルランド問題)によって、庶民の暮らしが一瞬で奪われるシーンが強烈だ。しかし本作は、映画初出演となった子役のジュード・ヒルが好演するバディと、ハインズとデンチが演じた祖父母との関係などを描く、心温まるシーンが印象に残る。ブラナー監督が、本作の魅力を「ベルファスト独特のユーモアにある」と話していた通り、彼のベルファストに対するラブレターといった趣の作品に仕上がっている。(取材・文:吉川優子 / Yuko Yoshikawa)
映画『ベルファスト』は2022年3月全国公開