自己満足にはしたくなかった…女性たちを描く『ラストナイト・イン・ソーホー』が完成まで10年かかった理由
映画『ラストナイト・イン・ソーホー』のエドガー・ライト監督がインタビューに応じ、10年以上温めて満を持して完成させた同作について語った。
ファッションデザイナーを目指して大都会ロンドンへやって来たエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)には霊感があり、毎夜のように歌手志望のサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)が出てくる1960年代の夢を見るように。サンディと身も心もシンクロするような不思議な経験をしたエロイーズは、才能があって自信に満ちた彼女にすぐに魅了されるが、サンディには魔の手が迫っていて……。「子供の頃に聴いた、両親のレコードのコレクションから始まった」というライト監督の1960年代への愛、そして20歳でロンドンに出てきてから多くの時間を過ごしてきたソーホーへの愛から生まれた作品だが、1960年代のソーホーの目を覆いたくなるような闇の部分もきちんと描かれている。
“ショービズ界における女性の搾取”というセンシティブな題材を扱うことが、「この映画を発展させるのに、これほど長い時間がかかった理由だと思う」というライト監督。「この映画のアイデアは10年以上温めていたのだけど、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ(『1917 命をかけた伝令』)が共同脚本家として参加するずっと前、僕がまずやったのが、素晴らしいリサーチャーであるルーシー・パーディを雇うことだった。当時からストーリー自体は出来上がっていて、彼女に全ての要素を調査してもらいたかったんだ」
「それは本当に素晴らしいことで、まさに劇中でエロイーズが体験するのと同じような経験だった。ルーシーは1960年代のソーホーで暮らし、働いた人々、そして今もそこで暮らし働く人々にたくさんインタビューをし、証言を得ることができた。それらの中には、ものすごくセンシティブで心をかき乱されるようなものもあった。だけど僕にとって、ストーリーを前に進めるためには、それについての知識を持っていることが重要だった。人々の話を聞いて、実際に何が起きていたかを認識することがね。あとそれとは別に、2016年にサム・メンデス監督(『1917 命をかけた伝令』)の紹介でクリスティ・ウィルソン=ケアンズに会った時、彼女は素晴らしい脚本家ということに加えて、若い女性として5年間実際にソーホーで暮らし、働いた経験があると知った。そうして彼女自身の視点も脚本に持ち込まれることになったんだけど、その視点があることが本当に重要だったんだ」
その題材を語るためにライト監督が選んだのは、サイコホラーというジャンルだ。「ホラー映画やサイコロジカルスリラーには、観客の心をかき乱し、怖がらせるような要素がなければいけないと思う。そういう映画を作る時には、観客を本当に怖がらせるような題材を見つけなくてはいけない。今回のはそういう題材だ。僕は、自己満足の映画にはしたくなかった。この題材を真剣に扱い、その裏側を明らかにするようなものにしたかった」と並々ならぬ決意があったことを明かしていた。
なお、本作に登場する「1960年代」と「現代」という二つの世界のコントラストをはっきりさせるため、ビジュアルとサウンド面でもおもしろい工夫が凝らされている。エロイーズはライト監督同様、1960年代への憧れを持った少女。彼女は田舎からやって来てロンドンやクラスメイトたちと馴染めないため、現代のロンドンは灰色で色がないように見えるようにしてある。「その一方で、彼女が足を踏み入れる1960年代は明るく色彩に満ちているんだ。シラ・ブラックの楽曲『You're My World』は(観客を1960年代に導く)タイムマシンとして使っているよ。ステレオにもあることが起きるんだ。エロイーズが60年代のストリートに踏み出す時、映画のサウンドが突然、サラウンドに切り替わるんだ(それまではほぼモノラル)。オズの国ではモノクロからカラーに変化した『オズの魔法使』の音声版といったところだね」。(編集部・市川遥)
映画『ラストナイト・イン・ソーホー』は公開中