長谷川初範、66歳の今が最も充実 先入観に捉われずまい進する役者道
デビューから40年以上に渡り、映画、ドラマ、舞台と精力的な活動を続ける俳優・長谷川初範。長谷川と言えば、洗練されたスタイリッシュないで立ちが印象的だが、最新映画『リング・ワンダリング』(2月19日公開)では、笠松将演じる主人公・草介が描く漫画の主人公・銀三にふんし、日本の原風景が残るような雪山で、ニホンオオカミを追う男をワイルドに熱演している。メガホンを取った金子雅和監督とは、2016年公開の『アルビノの木』でも作品を共にしている。長谷川自身「長く俳優をやっていますが、自分でも観たことのないような顔だった」というほど、新たな一面を引き出してもらったという長谷川が、「先入観に捉われずにチャレンジすることで、多くの道が開けてきた」とこれまでの俳優人生を振り返った。
都会的なイメージを一新させてくれた出会い
金子監督と長谷川の出会いは、2013年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭だったという。金子監督の短編『水の足跡』に感銘を受けた長谷川は「次回作があったら是非出演させてほしい」とラブコール。その縁から、『アルビノの木』で、山小屋にいるベテラン罠猟師・火浦という役を得た。
「これまで、どちらかと言うと会社の社長や役員みたいな都会派の役が多かったので、自分にできるのかなと不安な部分もあったのですが、よく考えると自分で山小屋を設計して大工さんと一緒に作ったり、まき割りをして生活したりと、アウトドアというか、野性的な面が自分のなかにはあった。なので、本来の自分を出してもらえたな、という思いでした」。
『リング・ワンダリング』には、雪山を舞台にした壮絶なシーンが多数。金子監督自身が、猟銃や罠の免許を持っているといい、すべてがリアルだ。長谷川の撮影も、断崖絶壁に片足を浮かせるような過酷なロケとなり、想像を絶するようなシーンが続いたが「なんか違和感なく、すんなりとできちゃったんですよね。自分のなかにあった野性的なものが出てきたみたいで」と笑顔。「僕自身も『こんな顔があるんだな』って驚く場面も多かった」と新たな一面を引き出してもらえたと感謝する。
ハードな撮影でも、金子監督は自ら率先してカメラを回していたという。長谷川は「スタッフに対しても物静かで紳士的。まったく声を荒げるような場面がないんです」と現場での佇まいを振り返ると「自主性、独自性に優れている。やっぱり映画監督というのは、年齢は関係ないなと思わせてくれる人。考えてみれば、今村昌平監督も30代で撮られた映画はすごかった」とその才能を絶賛する。
新たな道が開けた「ウルトラマン80」
50代後半にして巡り合った大きな出会い。しかし、これまでの俳優人生を振り返ると、「自分はこうなんだろう」という先入観を取り払うことで、新たな道が開けてきたという。
「1980年に放送された『ウルトラマン80』という作品に出演した当時、僕は今村昌平さんのところにいて、浦山桐郎さんの助監督をやっていたんです。兄弟子が長谷川和彦さん……という環境で、『ウルトラマン』のオーディションですからね。僕にヒーローなんてできるわけがないって思っていたのですが、いざやってみると意外とできましたね。何十年も経ってから見ると、ヒーローみたいな顔しているなってね(笑)」。
学生時代、アメリカに留学していたころ、現地で「ウルトラマン」シリーズを観ていたといい「向こうでは、『ウルトラマン』のようなカチッとした芝居に違和感を持っている人が多かったんです。だから自分が演じるときは、アメリカで吹き替えされるときのことを考えて芝居をしていました」と裏話を披露した。
「いま一番体力があると思う」
もう一つ、長谷川にとって大きな転機になったのが、美輪明宏との出会い。「50歳を過ぎて、舞台で拾ってもらったのが美輪さんでした。いまでも舞台俳優としてやらしてもらっていますが、その時も、最初はできると思っていなかった。でもやってみると体も動くし、デカイ声も出るんです」と自身の意外なポテンシャルに気づいたという。
舞台では、10ページ以上のセリフを早口で言わされたり、アクションをさせられたりと、無理難題に挑むことも日常茶飯事だ。だからこそ、いつでも動けるように、きたえておく必要がある。「コロナ禍の2年、いつでもフル稼動できるように、体のメンテナンスをして(体重を)6キロ落としたんです。実はいまが、一番体力があると思っていますし、これからもっと面白い俳優生活が待っているような気がします」。
現在66歳にして「もっと登っていけると思う」と断言する長谷川。「一番気をつけなければいけないのは『もう枯れてしまうんじゃないか』と思うこと。海外を見ると、自分よりもっと年が上の人間が、足腰バッチリで仕事していますよね。トニー・ベネットしかり、クリント・イーストウッドしかり……。僕らも負けないようにしないと」と目を輝かせる。
変化も生きることの醍醐味。長谷川は「『若いころ、こんな俳優だったのに、いまはこんな感じなんだ』なんて言われるのもいいですよね」と語る。この言葉通り『リング・ワンダリング』で見せた長谷川のワイルドさに驚かされる観客は多いだろう。(取材・文・撮影:磯部正和)
映画『リング・ワンダリング』は2月19日公開より渋谷イメージ・フォーラムほか全国公開