『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介監督、なぜ海外で高評価?アカデミー賞ノミネートまで異例の早さ
今年のアカデミー賞で、日本映画としては初の快挙となる作品賞をはじめ、4部門でノミネートを果たした『ドライブ・マイ・カー』(公開中)。監督を務めた濱口竜介は監督賞や脚色賞にもノミネートされ、複数部門での受賞の期待も高まる。一気に世界的な人気監督となった印象だが、なぜここまで、濱口監督は海外で高い評価を受けているのか。(斉藤博昭)
これまでも是枝裕和、黒沢清、河瀬直美など、カンヌやベネチア、ベルリンの“3大映画祭”で受賞を重ねてきた日本の映画監督は何人かいた。しかし濱口監督の場合は初の商業映画が公開されてから、映画界の最高峰ともいえるアカデミー賞に至るまでの時間があまりに短く、急激に世界の巨匠に上り詰めた印象だ。
濱口監督は、東京藝術大学大学院の映像研究科での修了作品『PASSION』が、スペインのサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品された。それが2008年のこと。その後、2015年の『ハッピーアワー』がロカルノ国際映画祭のインターナショナル・コンペティション部門に選ばれ、最優秀女優賞(主演4人の同時受賞)を獲得してから世界的な快進撃が続くことになる。
『ハッピーアワー』は約5時間という長さの作品で、日本でも限定的な公開。一般レベルで「濱口竜介」という名前は認識されていなかった。ロカルノでの受賞で、彼の才能は世界が先行して評価したわけだ。『ハッピーアワー』では演技未経験の4人をメインキャストに起用したことも、濱口監督の演出力への賞賛につながっていく。
そして2018年、初の商業映画となった『寝ても覚めても』が、カンヌ国際映画祭コンペティションに出品。このとき同じくコンペに出品された日本映画が是枝裕和監督の『万引き家族』で、同作は最高賞のパルムドールを受賞するのだが、すでに20年以上も国際的映画祭をにぎわせてきた是枝監督と、濱口監督が同レベルで競い合う相手として現れたことで、日本でも大きな話題となった。
『寝ても覚めても』はカンヌでお披露目されたことで、より広範に世界の映画人を魅力することになった。原作は柴崎友香の同名小説。ドッペルゲンガーのようにそっくりな顔の2人の男性を、1人の俳優が演じ、その役に翻弄されるヒロイン……という、俳優の演技力が試される作品。英語のタイトルが『Asako I&II』というのも、ヒロインの朝子が2つの面を表現することを、国際的にアピールした絶妙なネーミングで、フランスを代表する俳優のイザベル・ユペールも同作を観て「いつかこの監督と仕事をしたい」と発言している。
その後、2020年には脚本で参加した(黒沢清、野原位と共同脚本)、黒沢清監督の『スパイの妻<劇場版>』がベネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)に輝く。そこから2021年はベルリン国際映画祭で監督作の『偶然と想像』が銀熊賞(審査員グランプリ)、同年のカンヌ国際映画祭で『ドライブ・マイ・カー』が脚本賞など4冠と、わずか1年の間に世界3大映画祭すべてで、関わった作品が受賞するという異例の快挙を達成したわけである。
『偶然と想像』が受賞したベルリンで、作品選定を統括するアーティスティック・ディレクターのカルロ・シャトリアンは、『ハッピーアワー』を選んだロカルノで同じ役職を務めていた。そうしたつながりが好循環につながったのも、濱口監督の才能に惹かれた人が多い証拠。
『偶然と想像』は、3つのストーリーで構成される短編集だが、そのどれもが最初は日常的なエピソードで始まって、予想もしない方向へ急激に舵を切る。しかも人間のちょっぴり怖い部分をあぶり出したりもする。その展開=脚本の巧妙さ、そして登場人物たちの感情表現の生々しさが、日本が舞台のドラマながら、国境を超えて多くの人にアピールした。
タイトルにある「偶然」の出来事は、いかにも映画的でちょっぴり非現実的。でもそこから「想像」が広がる世界に、誰もが「こんなことありえないけど、もしかしたら起こるかも。その時はどうなるのか……」と自分に当てはめてしまう。そんな魔力が『偶然と想像』には潜んでいる。
LAタイムズの『偶然と想像』のレビューにも「さまざまな感情が交錯するラストからは、過去は取り返しがつかないけれど、今この時間が美しいギフト(贈り物)だと教えてくれる」とあるように、濱口監督からのギフトを、映画の共通言語として世界中の観客が受け取っている。
そして現在、『ドライブ・マイ・カー』が、濱口監督への注目度を急加速させているのは言うまでもない。
「どこに向かうのか、観る者の心をつかみ、その後に驚くほど明快な本質を明らかにしてくれる」(ウォール・ストリート・ジャーナル)といったレビューに代表されるように、約3時間の長さでじっくりと観客を物語に浸らせるのだが、『偶然と想像』での短編での鮮やかさと、『ドライブ・マイ・カー』の時間の使い方を対比させ、その両面で発揮される演出力にも賞賛が集まる。
特に『ドライブ・マイ・カー』では、静かで抑制のある演出の効果のほか、舞台となった「広島」というキーワードが日本以外の観客に、かつての戦争を重ねさせ、特別な感慨も与えているようだ。登場人物たちの喪失感、繊細な心情を積み重ねていくスタイルは、原作となっている村上春樹の世界の魅力をそのまま表現しており、村上文学が日本以外の各国で熱狂的なファンを生んだ状況と、今回の『ドライブ・マイ・カー』の受け入れられ方を重ねたくなる。喪失感や孤独との向き合い方は、コロナ禍という時代にもマッチし、それを経験した世界中の人々に共感を与えているのだ。
その他にも、劇中で西島秀俊が演じる演出家の舞台制作のプロセスで、手話を含めた多言語が使われたり、“濱口メソッド”と呼んでいい、俳優に感情を入れないでセリフを読ませるリハーサルなど、ひとつの芸術を作り上げるうえでの斬新なアプローチも、『ドライブ・マイ・カー』が映画好きを惹きつけている要因だ。
アメリカの映画批評サイト、Rotten Tomatoesでは『偶然と想像』が99%、『ドライブ・マイ・カー』が98%のフレッシュ(ともに批評家の数値、3月4日時点)で、わずか1年の間に作られた同じ監督の映画としては、異例のハイアベレージ。
こうした海外での予想以上の高評価が、3月28日(日本時間)の第94回アカデミー賞で、何部門受賞の結果につながるのか、今から楽しみでならない。