鈴木亮平、若いころは「勘違いしていた」20代後半で訪れた変化
ディズニー&ピクサー最新作『バズ・ライトイヤー』(全国公開中)で、主人公バズ・ライトイヤーの日本版声優を務める鈴木亮平。自分の力を過信するあまり、失敗を味わい成長を遂げる主人公について、「若いころ、よくある勘違いをしていた時期もありましたね」と過去を振り返りながら語った。
20代後半で気づいた勘違い
世界中で大人気を博しているディズニー&ピクサー映画『トイ・ストーリー』シリーズに登場する“おもちゃのバズ”のルーツを描く本作。鈴木は、『トイ・ストーリー』シリーズの主人公アンディが夢中になって観ていた、映画のなかのスペース・レンジャーであるバズ・ライトイヤーの声を担当している。
劇中のバズは、有能である自身の力を過信し、1,200人もの乗組員と共に危険な惑星に不時着してしまう。責任を感じたバズは、どうにか全員を地球に帰還させるために躍起になるが、独りよがりの行動によって、さらに状況は悪化してしまうのだ。
徹底的な役づくりで知られる鈴木は、本作でも、まずバズの心に向き合った。「まずは彼がどういう人間か、そして彼は人生になにを求めて、なにを成し遂げようとしたのか。そこから自分に落とし込んでいきました」。
そこで思ったのが「ちょっと自分に似ているな」ということ。鈴木は「僕も若いころ、バズみたいになんでも自分でできるんだ、自分が一番わかっているんだ、監督はなにもわかっていない……なんて勘違いをしていた時期がありました」と苦笑いを浮かべる。
劇中のバズは、次第に周囲の仲間の大切さに気づくことで、状況を打破していく。鈴木自身も「20代後半になってくると、自分一人でできることなんて少ないし、自分は自分が思っているほど優秀じゃないんだと、だんだん気づいてくるんですよね」と自身との共通点をしみじみ語る。
さらに鈴木は「失敗したり、困難に立ち向かったりするときって苦しいのですが、それを乗り越えた先には成長した自分がいるだろうし、もっと言えば、成功しなくても、失敗することによって、大きな気づきがある。だから『失敗来い!』というメンタルになってきています」と現状の心持ちを明かす。
「ダメなところを隠さない」リーダー論
ではバズのように、鈴木が20代後半で大きく心境が変化したきっかけはあったのだろうか。
「なにか大きな出来事があればわかりやすいのですが、だんだんと変化していった感じなんです。年齢を重ねてきたからじゃないですかね」と言葉を紡ぐと「あるドラマのシーンで、僕は自分で考えて、たっぷり間を取って演技をしたんです。でもオンエア観たらその間がキュって詰まっていて」と苦笑。そこで「まったく全体が見えていなかったな」と反省したという。
「僕は間を取って良い役ではなかったのに、主人公のお芝居をしてしまった。もし、そういうお芝居をしたいと思ったなら、事前に監督に共有すべきだった。そのときまで、演技は俳優のものだと思っていたのですが、決してそうじゃない。作品はみんなで作っているんだと強く感じました」。
そこから、俳優という仕事の視界が大きく開けたという。「それまでは『俳優とはこういうものだ』みたいな意識が強くて、現場でも格好つけていたんです」という鈴木は「無理して虚勢を張らなくなったら、現場を共にした人からまた次も呼んでもらえるようになったんです」とチームで戦うことの大切さを学んだという。
失敗から始まったバズも、一緒に戦うことを覚えリーダーとして成長していく。鈴木自身、座長として現場に入る機会も多いが「僕はダメなところを隠さない」とスタンスを述べる。「格好つけて引っ張るとか、無言で背中を見せてついてきてもらう……みたいなのは自分には向いていないと思う」と続けた鈴木は「ダメなところを含めて好きになってもらう方が自分には合っている。僕が失敗して大笑いしてもらう方が、僕らしいと思うんです」とリーダー論を明かした。
所ジョージ演じるバズとの兼ね合い
自身と重なる部分が多かったバズ。共感できる部分が多かった一方で、吹替という表現は、鈴木にとっては不思議な感覚だったようだ。「普段は演じる役に対して自分なりの解釈を落とし込むのですが、この作品は(英語版声優の)クリス・エヴァンスさんの演技が前提としてあるので、そこを自分の色に変えることはできない。クリスさんの表現を、日本語に翻訳するような感覚でした」
さらにもう一つ『トイ・ストーリー』シリーズでバズの声を長年担当している所ジョージの声との兼ね合いも、収録するうえで意識した部分だった。
所が演じたバズと、鈴木が演じたバズは別の存在であり、本国でも別の俳優が声を当てているという前提があるが「例えば『無限の彼方へ、さあ行くぞ』という有名なセリフがありますが、所さんとは違うものにしなければいけないけれど、違和感があってもいけない。視聴者が『おもちゃではないバズはこういう感じなんだ』と想像できるぐらいにしないと……というニュアンスは大切にしました」とこだわりを明かす。
自身初となる吹替。「生身の人間としてお芝居をするときは、あまり声に捉われてしまうと、ちょっと大げさに感じたり、説明的な表現になってしまったりするので、なるべく抑えるようにしているのですが、吹替の場合、自分の姿が映るわけではないので」といつもの演技との違いを述べると「前半と後半のバズの変化も声だけで伝えなければならなかったので、その部分の意識というのは、新たな表現へのチャレンジでした」と語る。
そのためか、本作の収録後に入った別の現場では、最初のうち、芝居が大げさになってしまったといい「これじゃいかん!」と修正したという鈴木。それでも「捨てていく作業というのは、新鮮でしたし、やっぱり声のお芝居というのも面白いなと感じました」と大きな経験になったようだ。(取材・文・撮影:磯部正和)