役所広司が見据える日本映画の未来
諸藩が東軍と西軍に二分した幕末、戊辰戦争の最中に武装中立を目指した越後長岡藩の家老・河井継之助の姿を描いた司馬遼太郎の歴史小説「峠」。その初の映画化となる『峠 最後のサムライ』で、河井継之助を堂々たる風格で演じた役所広司が、いまの日本映画業界への思いを語った。
司馬遼太郎の長編を映画化!『峠 最後のサムライ』予告編【動画】
『峠 最後のサムライ』は、1868年(明治元年)に勃発した戊辰戦争において、東軍西軍のどちらにもつかず、武装中立を目指し、和平を願って談判に挑んだ越後長岡藩の筆頭家老・河井継之助の生き様を描く物語。脚本に惚れ込んだという役所は、理想のリーダー像を体現した継之助を力強く演じている。
「(かつて役所が演じた)山本五十六もそうですが、やはり戦争というのは繰り返してはいけない。リーダーというのは、目先のことだけでなく、未来のことも見据えて考えないとだめですよね。そういう人が毅然とした態度で考えたこと、決断したことというのは、やっぱりリーダーとして説得力があると思うんです。われわれ現代人は落ち込むときもありますけど、祖先には侍というカッコいい人たちがいたわけですから。そう思っただけで、勇気が湧いてきますよね」
映画『博士の愛した数式』『蜩ノ記(ひぐらしのき)』の小泉堯史が監督を務め、巨匠・黒澤明監督のスタッフも多数参加した本作。「小泉監督の撮影現場というのは本当に豊かなんです。しかも仲代達矢さん、香川京子さん、井川比佐志さんといった先輩とご一緒できるというのは本当に勉強になる」という役所。なかでも、若き日の役所が所属していた無名塾を主宰する仲代達矢との共演は格別なものがあるという。
「僕にとっては本当のお殿様みたいな人ですから(笑)。やはり今でも、昔のことを思い出して緊張しますよ。若い時に、仲代さんと対面で演技する機会があって、やはりここでNGを出しちゃいけないと、用心しながらセリフを口にしていたんですよ。すると、仲代さんが『用心するな。セリフは失敗してもいいから』とおっしゃったのを思い出しました。だから今回もここで用心しちゃいけないって。若い時は本当にバシバシ怒られていましたからね」と懐かしそうな顔を見せる。
2020年9月に公開予定だった本作は、新型コロナウイルス感染拡大の影響により幾度かの延期を繰り返し、およそ2年越しでようやく公開が決定。その間に、ロシアがウクライナに侵攻するなど、当初とは状況が一変した。「公開が延期したときは、早く公開してほしいという思いでいたんですが、今は戦争について考えさせられることも多い時期ですから。この時期に公開されることで、この映画が持っているテーマやメッセージが、より伝わるようになったような気がしますし、考えるきっかけにしていただけたら」と語る。
コロナ禍における「映画館に行こう!キャンペーン」や東京国際映画祭で、アンバサダーを務めたこともある役所だけに、本作が劇場で公開されることには感慨深い様子。「最近は携帯で映画を観る若者も多いと思いますが、やはり映画館で映画を観ると、やっぱり違うな、来て良かったなと思うんです。特にこの映画はスクリーンでこそ観てもらいたい映画。セリフの背景に流れている環境音や効果音なども含めて、無意識に全身で受け止めることもできますし、大自然の映像も堪能できる。劇場で観てもらいたいですね」と呼びかける。
そんななか、現代の日本の映画界に思うことは何か? と問うと「みんな厳しい状況で頑張ってると思います。不屈の精神で」と語った役所。「最近はパワハラやセクハラといった話が多いですが、そんななかで是枝(裕和)さんや諏訪(敦彦)さん、西川(美和)さんといった方たちが日本の撮影環境をよくするために、アクションを起こそうとされています。でも彼らが目指すのはそこよりさらに先のことで。次世代の育成や、制作支援などを充実させようとしている。それは本当にすばらしいこと」とコメント。
さらに「コロナ禍で映画制作が中止になっていった時に、映画作りの夢を諦めなければならなくなった若者がたくさんいた。そういう才能は守ってあげたいなと思うんです」と力強く語る。「そのためには日本の映画業界が豊かにならないといけない。やはりかつての日本映画は世界をビックリさせたわけですから。特に小泉組には、黒澤明監督と一緒にやってきたベテランと若いスタッフが交じっていましたが、彼らの中にも、やはり自分たちが黒澤さんに教わってきた映画作りを伝えたいという気持ちがあるんだと思うんです。そうした撮影の現場を体感するのは無駄にならないと思いますね」と思いを明かした。(取材・文:壬生智裕)
映画『峠 最後のサムライ』は6月17日より全国公開
(C) 2020「峠 最後のサムライ」製作委員会