イイ人の定義って?吉田恵輔監督が実体験を交えた衝撃作の裏側
『BLUE/ブルー 』『空白』などの吉田恵輔監督が6年ぶりにムロツヨシとタッグを組み、主演に迎えた『神は見返りを求める』(公開中)。本作は、ムロ演じるイベント会社勤務の主人公・田母神(たもがみ)と、合コンで出会った底辺YouTuber・ゆりちゃん(岸井ゆきの)の愛憎を描く。「裏切られたこともあれば逆もある」という吉田監督が、これまでに経験してきた葛藤をベースにオリジナル脚本を手掛けた本作の裏側を語った(※吉田の吉はつちよしが正式表記)。
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田母神は「神のような男」と言われるほどイイ人で、困っている人を見たらほおっておけない性格。YouTuber・ゆりちゃんを経済的な援助も含め全力で支え、番組制作でトラブルが起きれば自分が泥をかぶる……といったふうだ。しかし、そんな田母神の善意はことごとく報われない。
「僕も裏切られたこともあれば逆もある。実体験として、田母神のような思いを結構してきた。いつも脚本を書く時には自分の経験や、根っこにあるものを反映しながら書くことが多いですけど、この作品もそうで。設定としては、YouTuberと彼女を応援するイベント会社勤務の男になったけど、女優と映画監督、ミュージシャンと音楽プロデューサーとかでもいいかなと思っていた。作品全体のキーワードがYouTubeになっているけど、『見返りを求める男と恩を仇で返す女』という関係を描きたいというのがスタートでした」
初めは田母神がYouTubeチャンネルの再生回数に悩むゆりちゃんを不憫に思い、番組制作を手伝ううちに二人は良きパートナーになっていくが、番組が軌道に乗り始めた頃には暗雲が。ゆりちゃんが田母神の同僚・梅川(若葉竜也)を介して、人気YouTuberのチョレイ(吉村界人)&カビゴン(淡梨)、イケメンデザイナー・村上(柳俊太郎)と知り合ったことから、田母神とゆりちゃんの関係が一変していく(※柳俊太郎の柳は木へんに夘が正式表記)。
ところで、田母神は「神のようにイイ人」という設定だが、彼は本当にイイ人なのか。「田母神の場合“使い勝手がイイ人”になっちゃうんですよね。だから損な役回りを演じてしまうことになる。田母神はお金に困っている同僚にお金を貸したりするけど、だからイイ人なのかというのは微妙で。本当は『(お金は)貸せないけどこうしたら』と言ってあげるのがイイ人なのかもしれない。“イイ人”っていうのが何をもってそう言えるのか、ということですよね」
物語は「見返りを求め出す」田母神の豹変ぶりが映画の見せ場になるが、そもそも見返りを求めない人間などいるのだろうか。「僕自身もそうあれたらとは思うんですけど……。例えば、僕は飲みに行くのが好きなんですけど、大抵おごる側なんです。でも相手はおごってくれない。それが続くと、『お昼ぐらいは自分が出しますよ』ぐらい言ってくれてもよくない? って、イラっとしたりする。だから僕に返してくれなくてもいいから、そのぶん後輩におごってほしい。そういうふうに次の世代にバトンを渡していけばいいんじゃないかなと思うんですけどね」
ゆりちゃんに恩を仇で返された田母神の暴走はエスカレートし、ついに暴露系YouTuber「ゴッティー」となってゆりちゃんへの報復を開始する。吉田監督は、こうして人が豹変するのは些細なことが引き金になることが多いと指摘する。「ゴッティーになった田母神は、もはや異常者ですよね(笑)。だけどニュースとかを見ていて、事件の原因を掘り下げてみると『えっ、そんなに小さいこと?』と思うようなことだったりする。街中でも些細なことでものすごく怒っている人をみかけたりするけど、人間のトリガーってその瞬間だけのことではなく、その人の中で積もり積もったものが爆発するんだと思う」
田母神とゆりちゃんの関係が悲惨になればなるほど、「この二人はどこでボタンを掛け違えたのか?」と仲の良かったころに思いを馳せずにいられない。二人の関係が悪化した原因は一体何だったのか。
「互いに他者の違う考えを受け入れる許容があればきっとうまくいくはず。なんだけど、そこではっきり拒絶してしまうと人の関係って変わってしまうよなと。例えば、ゆりちゃんがボディペインディングをしたことでチャンネルの登録者数が増えたことに対して、田母神的にはその企画が“好きじゃないし、ノレなかった”としてもそれをぐっとこらえて、『よかったね』とか、『やっぱりセンスが良かったんだね』とか言える許容があればいいんだけど。僕も結構そうなんですけど、自分が今イラっとしているのを相手に感じ取ってほしいというか。それで相手から『なんか機嫌悪い?』と言われて、『なぜ俺がイラっとしているのかをおまえがちゃんと考えるべき時間だろ』って思っちゃうんです。だったらはっきり『こういうところが嫌なんだよね』とか言えばいいのに、そうはしない。人ってそれぐらい弱かったり曖昧だったりする生き物だから仕方がないことなんだけど、この映画を観るとカップルの方も『痛い』と感じるんじゃないかなと。それでちょっとだけ、お互いのことを許容できるようになったらいいかなと思いますけどね」
すれ違う田母神とゆりちゃんが理解し合い、元の関係に戻る日は来るのか。人の隠しておきたい負の側面を生々しく描きながらジェットコースターのようなうねりを見せるラブストーリー。滑稽に見えて切実な二人を体当たりで演じるムロツヨシと岸井ゆきのの名演、息の合ったコンビネーションも見ものだ。(編集部・石井百合子)