シド・ヴィシャス俳優、ドラマ「セックス・ピストルズ」で目指した新たなシド像
1970年代に、音楽だけでなくファッションやライフスタイルにおいて、世界中の若者に衝撃を与えたパンクムーブメント。ディズニープラスで配信される新シリーズ「セックス・ピストルズ」は、社会現象にもなったそのムーブメントの生みの親で、多くの論争を巻き起こしたイギリスの伝説のパンクバンドの誕生秘話を描く話題作だ。その魅力を監督のダニー・ボイルとシド・ヴィシャスを演じたルイス・パートリッジが語った。
全6話のミニシリーズは、ピストルズのギタリストでバンドリーダーだったスティーヴ・ジョーンズの回顧録「ロンリー・ボーイ ア・セックス・ピストル・ストーリー」を基に、『ムーラン・ルージュ』の脚本家クレイグ・ピアースが脚本を手がけ、イギリスを代表する名監督ダニー・ボイルが全話の演出を担当。ジョーンズと同年代でパンク文化に多大な影響を受けたというボイル監督は、ピストルズをクリエイトしたマネージャー、マルコム・マクラーレンの思想を作品作りに反映しようと試みた。
「僕らは、当たり前のことに反対するやり方で、この作品を作ろうとした。映画作りは通常、脚本、演出、撮影とすべてが理にかなったやり方で進められる。でも、マルコムは、『カオス(混乱)からクリエイティビティーが生まれる』と考えた。だから、僕らはちょっと冒険しながら作品全体を作ったんだ。カルチャーというのは、そうやって常にチャレンジすべきだ。なぜなら、自分たちが当たり前と思っていること以外のことが見えなくなるからだよ」
本作の大きな魅力は、ピストルズのメンバーや、当時彼らの周囲にいた若者たちを演じる若手俳優たちの演技にある。特にピストルズの悪名を轟かせ、ボーカルのジョニー・ロットンと共にバンドの顔となった、シド・ヴィシャスを演じたルイス・パートリッジが輝いている。素顔のパートリッジは、シドのワイルドな雰囲気とは好対照のとても礼儀正しい好青年で、本人も役をもらった時、驚きと共に不安を抱えたそうだ。「どうやってこれをやるの? と思ったからね。でもまた、『ダニー・ボイルが僕にこれを頼んだんだ。彼は役に適切な人をちゃんとキャスティングするはずだ』と思った。そのことが、僕に少し自信を与えてくれたんだ。伝説的なシド役に挑むことは本当のチャレンジだったけど、とても名誉なことだった」
シド・ヴィシャスを描いた映画と言えば、ゲイリー・オールドマンの名を一躍広めた『シド・アンド・ナンシー』が有名だ。シドについてよく知らなかったというパートリッジも、オーディション中に映画を観て勉強したという。しかし、「オールドマンのように見られたくなかった」というパートリッジは、実際にオールドマンとは一味違うナイーブさと繊細さを秘めたヴィシャズ像を見事に作り上げた。
「彼のいろんな面を見ることになるよ。怒鳴ったり、唾を吐いたり、ステージの上から罵ったり、カギ十字を着たり、そういった外見の下にあるものをね。なぜ彼がそういったことをしていたのか、ジョン(・ライドン)やナンシーとの関係を通して、見ていくんだ。皆は『シドの優しい面なんて誰が見たいんだ?』と思うかもしれないけど、普通は見られないであろう、シドの優しい面を間違いなく見ることになるよ」
もう一つ、本作の大きな見どころとなる演奏シーンでは、俳優たちが実際に全曲を演奏し歌っているというから驚きだ。荒削りだがエネルギッシュなピストルズのエッセンスを見事に捉えた演奏は見応え十分。ギター経験さえなかったというパートリッジも、一生懸命にベースの練習に取り組んだという。「パンクの精神は、ギターをつかんで、とにかくなんでも演奏するみたいな感じだけど、僕は熱心に譜面と向き合った。それまでバンドをやったことがなかったから、演奏するのはすごく楽しかったよ」
本作には、「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」のタイトルの由来や、プリテンダーズ結成前のクリッシー・ハインドとジョーンズの関係など、往年のロックファンを唸らせるディテールがふんだんに描かれると共に、ピストルズを知らない若い世代も楽しめる青春物に仕上がっている。楽器も満足に弾けなかった10代の若者たちがロック史に残る名盤を残しただけでなく、全世界を変えるほどのカルチャーショックを与えたことに大いに感心させられるのは言うまでもない。(取材・文:細谷佳史 / Yoshifumi Hosoya)
オリジナルドラマシリーズ「セックス・ピストルズ」は7月13日よりディズニープラス配信開始