草なぎ剛「常に学びたい」幸せな気持ちで進むいま
少年2人のひと夏の冒険をつづった青春映画『サバカン SABAKAN』(8月19日公開)で、主人公の大人期“しがない作家”となった久田を演じた草なぎ剛が、演技への考え方や仕事への向き合い方などを語った。
本作は、小説を書こうと頭を絞る久田が、ふと目を留めたサバの缶詰から少年時代に思いを馳せるという、草なぎのナレーションで物語が紐解かれていく。
演じた作家・久田については、これまで数々の難役をものにしてきた草なぎが、「冒頭、なかなか筆が進まない久田の風情を出すのに苦労した」そうだ。「僕はものを書いたことがないので、“書けない苦しさ”がわからない。監督・脚本の金沢(知樹)さんが僕を見て、『違う、もっと苦しい』と言ったり、『そういう顔じゃない。書けないのって、怖いんだよ』と言われたり。“え、怖いの!?”と。怖いような苦しさがわからないから、僕も苦しくなって泣きそうになっちゃった(笑)」とオチを付けるあたりも、さすがは草なぎ。
そんな久田が振り返る少年時代。夏休み、久田(番家一路)は同級生の竹本(原田琥之佑)に誘われ、イルカを見るために、隣町の海に浮かぶ島へと2人で冒険の旅に出る。草なぎは目を細めながら、「僕も久田と同じ1980年代に幼少期を過ごしたので、キン肉マン消しゴムを集めたり、練り消しで机の落書きを消したり、自転車をこいで隣町へ行ったり、カブトムシを獲りにいったりした、あの頃をメチャメチャ思い出した」と振り返る。
「あの頃は、自転車があれば無敵だったな。久田と竹本がイルカを見に行く、あの冒険がその時の彼らの全て、みたいな感じもすごくよくわかる。そういうものが自分を成長させてくれたんだな、と感じましたね。竹本がお母さんに『(久田が僕を)友だちだと思っていなかったらどうするの!?』と言うシーンとか、この年代って、ほんの些細なことがすべてで、その中で一生懸命に生きていたな、と懐かしく思い出しました」
それからの夏休みの日々を、久田と竹本はほぼ一緒に過ごすように。同級生から“家が貧乏だ”とバカにされる竹本が、久田を家に招いて“サバカン寿司”を振る舞うシーンは、美味しそうに頬張る久田と、それを嬉しそうに見つめる竹本の表情とともに、実に印象深い。草なぎも、「確かに近所の友だちの家に行って、よくご飯を食べていたな。僕がステーキを初めて食べたのも、友だちの家だもん(笑)。裕福な家庭が多く住む地区の一軒家に住んでいて、バイオリンを習っていて。その子の家で初めて食べたんだけど、本当に美味しくて。“こんな肉、うちで食べたことないよ”って思ったのを今でもよく覚えています」と楽しそうに回想する。
「僕らの年代は、『サバカン』を観ると昔を思い出しますが、それによって僕は子ども返りしたというか(笑)、新たにスタートする気持ちになったんです。僕にとって作品は常に自分を律し、次のスタートを切らせてくれるもの。だから、こういう作品に出演したことが、とても幸せ。僕もここまで来られたな、その気持ちを持って次に進んでいこう。楽しく生きていくよ、と前向きになれた」
久田にとっての竹本のように、ずっと忘れられない誰かとの出会いや別れは、人生においてとても大きい。草なぎも、「あの頃の友だちと今は付き合いがないけれど、それでも確かに“メチャクチャ友だちだ”と思っていたし、それが全てだったなと、すごく幸せな気持ちが蘇る」と懐かしむ。同時に、「僕は久田と竹本と同じ年くらいからこの仕事をしていたので、周りに大人がたくさんいた。そういう人たち、これまで出逢った全員のお陰や影響で、今の僕がある。当時のテレビプロデューサーさんやスタッフさんも、みんな良くしてくれたし、困った時は助けてくれた。だから、しっかり恩返しをしていきたいと思っていて」としみじみ。
台本を読み込んで感情をつくることはせず、撮影現場でその時に感じたものを出すと以前より語っている。「30代の頃は台本を読み、割に深く考えていたこともあって。でも最近は、そこに立って感じるままを出すのが一番と感じていて。むしろ(どう演じるべきか)わからないから、その場でできる。何も考えないで演じるとは嘘じゃなく、そういう意味においても本当なんです」と自分の内を探るような表情を見せる。
さらに「でも、また変わるかもしれない。常に変わりたいとも思っているし。何も考えないのは、放棄しているわけではない。常に自分の中で論破しているんですよ」とキッパリ。「“台本を読んだ方がいいのかな?”“いや、読まないでいい”とか、“誰かに怒られるんじゃないかな?”“いや、怒られない”とかね」と冗談なのか本気なのか、本人も照れたように笑う。それでいて、数々の鬼気迫る演技で我々を何度も驚嘆させてきた草なぎは、掴み切れないからこそ観飽きないのかもしれない。
『サバカン SABAKAN』における“人生迷い中”のパパでもある作家・久田。少年期の物語を経たラストシーンのその姿だけでも、胸が熱くなり、草なぎは唯一無二の存在感を光らせている。(取材・文:折田千鶴子)