フランスの名優マチュー・アマルリック、濱口竜介監督は「わたしの弟であり師匠」
フランスの名優マチュー・アマルリックが27日、Bunkamura ル・シネマで行われた映画『彼女のいない部屋』劇場オンラインイベントに参加し、この日の対談相手となった『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督のことを「わたしの弟であり師匠」と評し、濱口監督を感激させる一幕があった。
フランス映画界を代表する名優であり、名監督でもあるマチュー・アマルリックがメガホンを取った本作。『ファントム・スレッド』『オールド』のヴィッキー・クリープスを主演に迎えた作品で、ストーリーは「家出をした女性の物語、のようだ」とだけ紹介されている(監督の意向により詳細はほとんど明かされていない)。
この日は機材トラブルのため、予定より少し遅れてのスタートとなったが、それでもアマルリック監督は笑顔で「こういう非常に難しい時期にわたしの映画を公開してくれているということに本当に心動かされています」とあいさつし、さらに「本当はそちらに行きたいなと思っていたのですが、行けなくて本当にごめんなさい。でも9月の中旬くらいには日本に行けるかなと思っているので、その時にまたお会いしましょう」と呼び掛けた。濱口監督も「わたしにとっては本当に、映画を見始めた頃からの大スターなので、本当に緊張していますが、この限られた時間で、この素晴らしい映画のことをお尋ねできたら」と意気込んだ。
昨年のカンヌ映画祭では『彼女のいない部屋』『ドライブ・マイ・カー』が共に出品されていたということで、両者共通のスタッフを介して、二人が対面する機会があったという。「その場(カンヌ)では映画を観られなかったんですが、去年観ていれば去年のベストになっただろうし、今年のベストだと思っています。近年、ここまで心揺さぶられる映画というのは稀。本当にその時に感想を伝えられなかったのが残念」と濱口監督。アマルリック監督も「カンヌのレストランでわれわれを引き合わせてくれた女性(共通のスタッフ)がいたんです。あの時、会えたのはマジックだった」としみじみ続けた。
さらに本作について「映像と音響のあり方、話の進め方というものが、本当に驚くべき高い技術によって達成されている」と語る濱口監督は、「でもそれはエモーションのため。エモーションのために全ての技術が総動員されているというのが、何より素晴らしいと思いました」と称賛。さらにこの作品に出演する俳優たちの最高の演技をどうやってサポートしたのかなど、その演出方法について興味津々な様子の濱口監督の質問に、真摯に答えるアマルリック監督。そして「竜介さんと呼んでいいですか?」と語るアマルリック監督は、「竜介さんもそう(いう演出スタイル)ですが、ヴィッキー・クリープスとは感情をのせずにリハーサルをやりました。それは(往年のフランス映画の巨匠)ジャン・ルノワールもやっていたことですよね。でもジャン・ルノワール以外にもわれわれをつなげているものがありますよね」と濱口監督に誘い水を向ける。
その言葉に「はい」とうなずいた濱口監督に向かって、「(インディーズ映画の父と呼ばれたジョン・)カサヴェテスですよね。カサヴェテスも演劇をベースにやっていました。とにかくリハーサルを重ねて、たくさんのセリフを書き連ねていましたよね」と語り掛けるアマルリック監督は、「そして何回もテイクを重ねないでいいように。俳優が(役柄の)苦しみを何度も繰り返す必要がないように。わたしたちと技術スタッフは、どうカメラを配置するかなど、準備をしっかりと考えるわけです」とコメント。濱口監督も「こうしてカサヴェテスの名前が聞けてとてもうれしく思っています。この映画はジョン・カサヴェテスとアラン・レネが融合したような。本当に奇跡の映画だと思っていますから」と笑顔を見せた。
本作では主人公の幻想と現実が複雑に交錯しながら描き出される。そのことを踏まえて「想像の世界を作ることで現実の世界が豊かになる。それが一つの映画の効用だと思うんです。そこには亡霊も出てくるし、吸血鬼も出てくる。そしてそういうことに僕らはワクワクするんです」と語るアマルリック監督は、「われわれは新しい作品を作るごとに、新たなテリトリーを探求していく。それはフィクションであったり、ドキュメンタリーであったりだけど、そういうミステリアスな部分をどんどん開拓するということは自分もしていることだし、竜介さんもしていることですよね」とコメント。
そして「だからあなたは、わたしの弟であると同時に、師匠でもあるかなと思います」と呼び掛けると、その言葉に濱口監督は「ありがとうございます。本当にうれしいです。弟と言ってもらったことは一生忘れないと思います」としみじみかみ締めた。(取材・文:壬生智裕)
映画『彼女のいない部屋』は公開中