松山ケンイチ、東京から離れて気づいたもの 役者そして父親としての学び
近年、東京と田舎それぞれに自宅を持つ、二拠点生活を実践している俳優・松山ケンイチ。荻上直子監督のオリジナル脚本作品による映画『川っぺりムコリッタ』で主演を務めた松山が、人との関わりを通じて変化していく主人公の青年を演じて感じたことや、本作にも生かされたという東京を離れての生活などについて語った。
『かもめ食堂』などで知られる荻上監督の書き下ろし長編小説を自身のメガホンで映画化した『川っぺりムコリッタ』。さまざまな事情を抱えた住人たちが暮らす北陸の田舎町にある古アパート「ハイツムコリッタ」で、人と人とのつながりにある幸せと面白みが描かれる。できるだけ人と関わらずに生きたいと思い、小さな街にある塩辛工場で働くことにした青年・山田(松山)は、風呂上がりに飲む冷えた牛乳をささやかな楽しみにする静かな毎日を送る。ところが、隣人の島田(ムロツヨシ)が風呂を貸してほしいと部屋に上がりこんできたことを機に友情のような感情が芽生え、ほかの住人とも触れ合うようになる。
本作の脚本から惚れ込んだという松山。「荻上さんの作品って、ちょっとしたファンタジーの要素はあるのですが、基本の部分ではしっかりと現実を描いてる。みんなが見落としているような部分をきちんと描いてくれているところがすごく好きなんです」と説明。最初は孤独を感じながらも、次第に人と人とのぬくもりに幸せを見出すようになる山田を演じるにあたり、「誰だって役に立つとか立たないとか言う以前に、やはり存在していること自体が意味がある。それが僕がこの作品の脚本から感じ取ったものだし、そうした”見落としてしまいがちなこと”を大事にしながら、僕のキャラクターを演じました」と振り返る。
撮影は2020年9月から10月にかけて実施。松山にとっては、ちょうどコロナ禍による自粛期間が明けた後、最初の映画出演作が本作だったという。「この作品をやるまでは正直、東京で仕事をしていたわけではなく、あまりコロナとかは関係ない暮らしを送っていました。その時はずっと畑作業をしていましたし、子どもたちに田舎暮らしをどうやって学ばせようか、そこでどうやって遊ばせようか、ということを考えていました。ある意味、育児をする時間でもあったし、自分自身の勉強のための時間でもあったんです」
松山が演じる山田は、人との関わりを避けてひっそりと生きていきたいと思っていたが、隣に住む島田(ムロ)はズカズカと、図々しくも山田の生活圏内に入り込んでいく。だがいつしか、庭で野菜を育てていた島田と一緒になって、山田も畑作業を行うようになる。
「結局、農作業をするってことは生きる喜びを共有できるということなんです。ひとりで作物を作って、ひとりで収穫して食べるという喜びはもちろんあるんですけど、それが2人とか3人になれば安心感もあるし、喜びも倍になる。それは僕も実感としてあります」と共鳴するものがあった様子。そしてそんな松山の言葉通り、最初はそうした近所づきあいを疎ましく感じていた山田だったが、なぜだか住人たちと関わることに、まんざらでもない様子へと変化していく。
「田舎暮らしというのは、やはりいろんな人たちの協力がないと難しいんですよ。そこには肩書きがどうとかは関係ない。そういうのを抜きにして、人と人として話をしないと成立しないことがたくさんある。本当にたくさんの人に助けてもらっているので。野菜作りを教えてもらったりもしますし、重機を使った雪かきをご厚意でやってくださる方もいます。田舎暮らしでひとりで生きていくのは本当に大変。素直に人に感謝できるようになりました。これからはコミュニケーションが大事な時代になってくると思うし、まわりの人と協力し合わないと、生きづらくなる。子どもたちに一番教えているのは、そういうことです」
そして、そうしたスタンスは俳優という仕事にも影響を及ぼしているという。「東京から離れた人にしか感じることができない感受性や価値観というのは間違いなくあると思う。僕も今後はそういうものを活かしてやっていきたいと思っていますし、今回の映画にもそれは存分に反映されていると思います」と力強く語った。(取材・文:壬生智裕)
映画『川っぺりムコリッタ』は9月16日より全国公開