アニメ「ONI」堤大介、脚本家・岡田麿里と描く光と闇 ハリウッド経験が導いた物語
ピクサーでアートディレクターとして活躍した後、同僚のロバート・コンドウとトンコハウスを設立、2人で共同監督した短編アニメーション『ダム・キーパー』で、2015年に米アカデミー賞にノミネートされた堤大介監督。Netflixで配信を開始した、監督として手がけた初のCG長編アニメーション「ONI ~ 神々山のおなり」(全4話)について、製作の裏話や本作に込めた思いを聞いた。
本作の舞台は、日本の民話に登場するさまざまな神様や妖怪の世界で、主人公は、英雄になることを夢見るおてんば娘のおなり。父親のなりどんは、森で遊んでばかりいる少し変わった神様だ。平和に暮らす彼らの村に、神々に恐れられてきた「ONI」がやって来る日が迫り、おなりは、村を守るために自分が持つパワーを見つけようとするが……。というストーリー。
5年前、コンドウに「何でもできるとしたら、やってみたいものを1枚の絵に描いて」と言われて描いたのが、本作の主人公となる、“おなり”と“なりどん”にとても近い絵だったという堤監督。「その時にはストーリーは何もなかったけど、日本の民話の『鬼』というコンセプトにすごくひかれていました」と振り返る。
「鬼というのは、大昔日本に住んでいた外国人たちのことを、『あれは鬼だ』と言ったのでは、という説があるんです。僕はそのコンセプトがすごく面白いなと思いました。知らないもの、わからないものを怖がり、それが悪者になる。僕たちが今住んでいる世界で、自分たちとは違う人々を恐れ、悪いやつらに違いないと考えてしまうのって、人間の誰もが持っている闇だと思うんです」。
堤監督自身の経験も、特にこのコンセプトにひかれた理由へと直結していた。「僕はアメリカに来て、来年で30年目なんです。人生の半分以上を、外国人として生きてきた。このハリウッドで、マイノリティとしてやってきたんです。よそ者が受け入れられないから、そこに属せるようにと、若かった頃はアメリカ人になろうとすごく努力した時代がありました。でも、自分はアメリカ人でも日本人でもあるし、もしかしたらどっちでもなくて、自分自身にはユニークなものがあるに違いないって何となく思った時、この『ONI』というコンセプトを、今の人たちに見てもらいたいと思ったんです」
また、自身が父親であることも、本作を作る大きな理由になったという。「僕には10歳の息子がいます。今、日系アメリカ人として、日本人なのか、アメリカ人なのかという狭間の中で生きている息子がこの作品を観た時に、『自分自身でいていいんだよ』っていうのを伝えられればいいなと思ったんです。自分のパーソナルなところに持っていかないと作品は作れないというのは、トンコハウスがすごく大事にしている哲学なんですよ」。
4部に分かれた、154分という大作ストーリーを作るのは至難の業だったに違いないが、脚本家・岡田麿里の功績が大きかったようだ。「僕らの中のテーマって、常に『人間が持つ光と闇』というもので、『ONI』でも光と闇が大きなテーマになっています。岡田さんは、上手に商業的なものを書くというよりは、キャラクターの闇を描くことを躊躇(ちゅうちょ)しない。そこが僕は大好きで、ダメもとで猛烈にアタックしました。彼女は、『ONI』のコンセプトとか、自分がよそ者という生き方をしてきたということで、すごく共感してくれました。クレジットでは、ストーリーが僕、岡田さんが脚本となっていますが、本当に全部一緒に作っています。岡田さんが入ってきてから、最終形のドラマチックな作品になったんですよ」。
日本人には馴染み深いキャラクターが数多く登場するのも楽しい本作。そのなかでも、ある意味で特異なキャラクターを持つなりどんが、普通の言葉を話さないという設定に、かなりこだわったという。
「なりどんとおなりの絵を初めて描いたとき、『こんな親子のやりとりがあったら面白いな』というのがありました。その中で、なりどんは彼なりの言語を持っているけど、誰も理解できない。それをすごくやりたかったんです。本当の愛情って言葉じゃないよね、ということで。だけど、主人公の一人にセリフがないのはだめだとみんなに反対されて、それを納得させるのに時間がかかりました。でも、アニメーターさんたちが、しゃべれないキャラクターもちゃんと感情を表せるという演技を本当に頑張ってやってくれたんです。なりどんに関するコンセプトは、もうまっすぐなまでの愛情を、言葉ではないところで注げるようなキャラクターですね」。
また本作には、黒人の少年カルビンが登場するが、「僕が小学校の時の親友がアフリカ系アメリカ人と日本人のハーフの子で、彼が日本で生きる難しさを見てきたんです。彼の話を『ONI』にどうしても入れたかった」という。
堤監督ならではの光と色の使い方や、温かみを感じさせるキャラクター描写など、映像美が傑出している「ONI」のビジュアル。「元々『ONI』は、人形を実際に作って動かして作るコマ撮り・アニメーションで作られる予定だったんです」と言うように、いわゆる普通のフルCGアニメとはまた違うルックになっている。「ドワーフというスタジオと一緒にパイロットまで作ったんですが、話がとても広大に、ドラマチックになっていったので、途中でトンコハウスが一番得意なCGに変えたんです。でも、実際に手で触れられるようなコマ撮りの世界観をどうしても捨てきれなくて、そのルックをCGで目指しました。動きもあえてピクサーのように滑らかにせず、1980年代の日本のアニメの、コマ数が少なくても綺麗に見えるポーズをしっかり作ることを意識しました。日本で作るアニメーションは日本でしか作れないものにしたいと」。
また、トンコハウスでデザインする時にとても大事にしているのが「とにかくシンプルに」ということだという。「なりどんのシルエットも、丸があって三角が下にあるみたいな、ほんとにすごくシンプルなシルエットで、遠くから見ても、なりどんってわかる。シンプルなもので、多くのものを伝えられたらいいな、というのが僕らの持論なので。アニメーションって目が大きいのが主流ですけど、僕は、絶対に目が小さくてもできると思っています。少ない要素でどれだけ多くのことを語れるかということで、アニメーターさんへのチャレンジですね」。
さらに、日本の民話がモチーフということで、日本的な音楽が使われているのも作品の魅力のひとつになっている。「作曲は、『ダム・キーパー』から一緒にやっているザック・ジョンストンとマテオ・ロバーツですが、脚本ができる前から関わってもらっていて、この音楽があるからこういうシーンを作ろうとかいうのもいくつかあったくらいなんです。まずは日本の伝統の音楽、日本音階とかをすごく勉強してもらい、太鼓とか篠笛とかは日本で収録しました。日本っぽさと、もうちょっと王道のハリウッドの作曲みたいな感じと、いいバランスでできたと思います」
2021年、アニメーション業界で最も権威のあるアニー賞で、慈善的な影響をたたえるジューン・フォレイ賞(功労賞)を、日本人として初めて受賞した堤監督。今はサンフランシスコ近くのバークレーと、日本の金沢にあるトンコハウスを拠点に、『ダム・キーパー』の長編映画の他、いくつもの企画開発を進めているという。「ONI」のように、日本とアメリカという2つの国のバックグラウンドを持つ堤監督ならではのオリジナリティーあふれる作品の誕生を今後も期待したい。(取材・文:吉川優子 / Yuko Yoshikawa).
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