ドラマ「silent」が描いた“伝えること”の重さと大切さ【レビュー】
ドラマ「silent」が22日、最終回を迎えた。SNSには「最高のドラマでした!」「早くもロスです」という声があふれ、タイトルはもちろん、「かすみ草」など劇中でキーとなった関連ワードまでTwitterのトレンドを席巻した。今作は、青羽紬(川口春奈)と佐倉想(Snow Man の目黒蓮)の切なく温かいラブストーリーであり、二人を軸に繰り広げられる「伝える」ことに主眼を置いた、珠玉のヒューマンドラマでもあった。(以下、本編のネタバレを含みます)
主人公の紬は8年ぶりに恋人だった想と再会したが、彼は音を失っていた。紬は手話を習い、彼とコミュニケーションを取ろうとするも、想は紬の声も、大好きだった音楽も聞こえない現実に改めて打ちのめされる。
紬は、想の親友だった戸川湊斗(鈴鹿央士)と付き合っていた。一方の想にも、生まれつきのろう者で手話を教えてくれた友人・桃野奈々(夏帆)が寄り添っていた。二人の思いを飲み込んだうえで、紬は想の、想は紬の隣にいることを選ぶものの、想のためらいは消えない。
物語は、二人だけではなく、湊斗や奈々、奈々の友人で紬の手話講師・春尾正輝(風間俊介)や、想の母親・佐倉律子(篠原涼子)の視点でも描かれる。湊斗は渋る紬に別れを切り出し、奈々は想への思いを無理やりに断ち切る。さらに、奈々がなぜ春尾と離れたかを描くことで、ろう者と聴者の感じ方の差を見せつけ、想をかばいすぎてしまう律子の親としての心情も丁寧につづられた。よかれと思って伝えたことも、必ずしもいい結果をもたらさない。人は一面だけでは語れないこと、ましてや他人との関わりではそれがすれ違うこともままあるのだと、よくわかる。
さらに、紬たちの高校時代が切り取られ、現代の話に挟み込まれている。自然な流れで描かれるそれらのシーンでは、紬と想と湊斗のくったくない笑顔が見られると同時に、手話と音声認識アプリで会話する現代の状況と対比される。イヤホンを分け合う紬と想、湊斗に名前を呼ばれて笑顔で振り向く想……。いま、想にはできないことばかりだ。
最終話、すれ違ったままの紬と想はかつて共に過ごした高校時代の教室で、黒板を使って思いを伝え合う。二人がチョークで文字をつづる音だけが響く、セリフどころかBGMすらない8分弱。地上波の番組としてはあわや放送事故ともいえる挑戦的な演出だ。ながら見が主流といえる昨今のエンターテイメント界に、一石を投じるチャレンジだといえる。
劇中のキャラクターたちは「伝える」ことの難しさに直面し、それを乗り越えていくが、制作者もどうしたら視聴者に「伝わる」か、試行錯誤を繰り返したのだろう。その結晶が、紬の一方的な片思いだと思われていたできごとが実は想も思いを抱いたのだと判明した体育館でのやりとりであり、前述の黒板のシーンとつながるラストの二人の耳打ちシーンだ。過去と現在を鏡のように重ね合わせ、思いの重さを見せている。
チャレンジの詰まった脚本はこれが連ドラデビューとなる生方美久であり、メイン監督は弱冠31歳の風間太樹。村瀬健プロデューサーを筆頭にした彼ら制作陣には、「伝えるのを諦めないでほしい」という紬の言葉を改めて贈りたい。これからも、「silent」のように人の心に訴えかける物語を多く見せてほしいと願う視聴者は多いはずだ。
シニカルな言葉を口にしていた春尾が「(手段ではなく)気持ちがあるかどうかなんだと思う」と奈々に語る。律子は、出かけようとする想をためらいのない笑顔で「いってらっしゃい」と送り出す。奈々はまぶしいほどの笑顔で想と湊斗にかすみ草をプレゼントし、湊斗はそれを紬におすそ分けする。花言葉は「幸福」「感謝」。想いを伝え合うことで皆が前に進むことができた、まさに幸福なラストシーンだった。(文・早川あゆみ)