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英国リメイク版『生きる』、歌唱シーンが「ゴンドラの唄」からスコットランド民謡になった理由

ビル・ナイの歌声がしみる… - 映画『生きる LIVING』より
ビル・ナイの歌声がしみる… - 映画『生きる LIVING』より - (c) Number 9 Films Living Limited

 映画『生きる LIVING』で脚本を担当したノーベル賞作家のカズオ・イシグロがインタビューに応じ、主人公が歌う歌をスコットランド民謡「ナナカマドの木」にした理由を明かした。本作は黒澤明監督の名作『生きる』(1952)の英国リメイク版。オリジナル版の胸に迫るシーンで志村喬が歌うのは「ゴンドラの唄」だが、それに相当する歌として採用されたのが「ナナカマドの木」だ。

【画像】「ナナカマドの木」を歌うビル・ナイ

 1953年のロンドンを舞台した『生きる LIVING』は、部下から「ミスター・ゾンビ」とあだ名されるほど無気力な日々を送ってきたウィリアムズ氏(ビル・ナイ)が、死期を宣告されたことをきっかけに、本当の意味で生き始める姿を描いたドラマ。彼が「ナナカマドの木」を切々と歌い上げるシーンは屈指の名シーンとなっているが、この選曲はイシグロによるものだった。

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 「『ゴンドラの唄』に関しては、歌詞があまりに直接的に映画のテーマを語っていると感じていました。これは趣味の問題だと思いますが、『生きる』の美しい最後のシーンで、わたしとしては彼に“命短し”と歌わせたくなかったのです。わたしにとって重要だったのは、この歌が、彼が何年も前に亡くした妻に関連しているということ。その時代、彼はまだ“ミスター・ゾンビ”ではなく、もっと生き生きとしていました。しかし、妻が死に、変わってしまった。だからこの歌を歌う時、彼は妻を思い出しているのです。そして彼がもっと自由で、本当の意味で生きていた頃を」

 「なので彼が最後にこの歌を歌う時、わたしは観客にこの歌が、彼の妻、そして彼が失った人生と関係があるものだと覚えていてほしかったのです。妻が死んだ時、彼の一部も死んでしまいました。彼がこの歌を歌うのは、死後の世界で、妻に再び会えると考えているからかもしれません。ただそれと同時に、彼はその失った部分を取り戻したからなのかもしれません。わたしにとって歌は、歌詞でテーマを伝えるというよりも、そのような機能を果たすものなのです」

 「彼の妻はスコットランド人ということをわたしは脚本で明確にしていて、だからこそスコットランドの歌でなければなりませんでした」と続けたイシグロ。さらに、失われた日々を思うウィリアムズ氏の感情を音楽的にも伝えられるように、郷愁を感じさせる「ナナカマドの木」を選んだのだという。ちなみに、「ナナカマドの木」をイシグロが知ったのは、彼のスコットランド人の妻が歌うのを通してだ。イシグロが自宅から参加したビデオインタビューでは彼の背後にギターとピアノも見え、イシグロは家族でよくそれらを演奏したり歌を歌ったりしているとも明かしていた。

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 なお、メガホンを取ったオリヴァー・ハーマナス監督は当初、「ナナカマドの木」を違う歌に変えたがっていたとのこと。イシグロは「だが、プロデューサーのスティーヴン・ウーリーが『もし変えたらカズオが怒り狂うだろう』と言ったらしく(笑)。だからそのままにすることにしたと、映画が完成した後、オリヴァーに言われました」と笑って打ち明けた。それほどまでにイシグロの思い入れが強い「ナナカマドの木」のシーンは、歌うビル・ナイの名演も相まって記憶に刻まれるシーンとなっている。(編集部・市川遥)

映画『生きる LIVING』は公開中

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