『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』なぜ曇り空のパリ?渡辺一貴監督のロケーションの流儀
「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズの荒木飛呂彦初となるフルカラーの読切で描かれた「岸辺露伴は動かない」の人気エピソードを実写映画化する『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(公開中)。パリロケも話題の本作は、メインビジュアルが伝えるように“曇天のパリ”を映している。ドラマシリーズから監督を続投する渡辺一貴が、なぜ青天ではなく曇天なのか、その意図を語った。
原作は、国内外の漫画家が参加するルーヴル美術館のバンド・デシネプロジェクトの描き下ろし作品として2009年に発表された同名漫画。相手を本にして生い立ちや秘密を読み、指示を書き込むこともできる特殊能力“ヘブンズ・ドアー”を備えた露伴(高橋一生)が、担当編集・泉京香(飯豊まりえ)と共に「この世で最も黒く、邪悪な絵」の謎を追ってパリ・ルーヴル美術館に赴く。パリでは、ルーヴル美術館のほかエトワール凱旋門、ポン・デ・ザール(芸術橋)、シャンゼリゼ大通り、アレクサンドル3世橋、カルーゼル広場などで撮影が行われた。
なぜ、曇天にこだわったのか? その意図について渡辺監督は「映画にとどまらず実写版『岸辺露伴』は、可能であれば全て曇天で撮りたいと思っていて、ドラマシリーズを撮っている時から天候が曇りだと『よし!』と思っていたぐらいです。ドラマ1期の時から『暗殺の森』(※1970年・ベルナルド・ベルトルッチ監督)のルックを一つのベースにしたいという話はしていて、『暗殺の森』も半分以上パリが舞台なんですけど、ほぼ曇天なんです。本作のパリロケーションでも、いわゆる観光名所巡りのような雰囲気にはしたくなくて。ルーヴル美術館の背景にも澄み切った青空というのは似合わないと思いましたし、露伴や京香の衣裳も曇天の方がなじみますよね」
今回のルーヴル美術館での撮影は、日本映画としては『万能鑑定士Q -モナ・リザの瞳-』(2014)以来2作目。渡辺監督にとってのルーヴルは「悲劇的なイメージ」が強かったという。ルーヴル美術館には先史時代から19世紀までの美術品3万5,000点近くが展示されており、フランスの七月革命をモチーフにした「民衆を導く自由の女神」(ウジェーヌ・ドラクロワ)をはじめ、多くの血が流れた歴史が刻まれている。予告編には露伴が「人間の手に負える美術館じゃあない」とつぶやくシーンがある。
「展示されている絵にもいろいろな歴史がありますよね。殺戮の絵であれば、それが描かれた背景とか、実際の事件の背景だとか。一つの肖像画でも、それが何の目的で描かれたのか、肖像画に描かれた人はどのような歴史をたどって来たのかとか。そういったことが絵に凝縮されていて、それが何千何万とあるのがルーヴル。なおかつ、暗い歴史を背負った絵も多いと思うので、その重みが少しでも伝えられたらと思っていました」
一方、国内ロケでは多数の歴史的建造物で撮影。露伴と京香が「黒い絵」を求めて美術品オークションに参加する映画オリジナルシーンは、神奈川・横浜のホテルニューグランド。昭和初期に開業し、本館は1992年に横浜市認定歴史的建造物にも選ばれた。この地では監督にまつわる意外なエピソードも。
「僕が挙式した場所でもあります(笑)。歴史の重みが感じられて、宴会場もロビーも含めて素敵な場所。オークションのシーンを小林靖子さんに執筆いただくにあたり何回かオークションの取材に行ったのですが、実際の会場はビルの一室で行うことが多く、映画やドラマで見られるような厳かな雰囲気はないんですよね。今回はヨーロッパを思わせるようなクラシカルな雰囲気の場所で撮りたいと思っていて、ニューグランドが思い浮かびました」
また、若き露伴(長尾謙杜)が、漫画執筆のため夏休みの間に滞在する祖母の旅館は、由緒ある会津若松の旅館「向瀧」で撮影。江戸時代の中期から存在していたと言われ、国の登録有形文化財として登録されている。また、渡辺監督が同じく高橋一生を主演に迎えた2022年のNHK単発ドラマ「雪国 -SNOW COUNTRY-」の撮影地でもある。
「『雪国』を撮影したのが去年の1月だったんですけど、その時すでに『ルーヴルへ行く』の企画が動いていたので、まだロケハン前の段階ではありましたが、“青年期の露伴のおばあちゃんの旅館にも理想的だ”と思いながら撮影していました。一生さんにもその場で少しお伝えしましたが、それ以外には誰にも話さず自分の中でイメージを高めていました。とても素敵な場所で春夏秋冬、四季の移ろいを楽しめます」
「撮影場所は一番大事」と力を込める渡辺監督。「例えば露伴と京香の2ショットの場面があったとして、僕は場所と露伴と京香の3ショットだと思っているんです。場所の持っている力や雰囲気をしっかり表現することで、思ってもみなかったような効果が出ることを常々感じているので、撮影場所選びは大切に行っています」とロケーションの重要さを改めて強調した。(編集部・石井百合子)