配給手数料は従来の半分以下、クリエイターたちに利益還元を…日本映画界に風穴を開ける K2 Pictures の挑戦
今年5月、“日本映画の新しい生態系をつくる”ことを目標にした株式会社 K2 Pictures が第77回カンヌ国際映画祭開催中のフランス・カンヌでプレゼンテーションを行い、反響を呼んだ。代表取締役CEOの紀伊宗之が帰国後にインタビューに応じ、現在の日本映画界が抱える問題点と K2 Pictures を立ち上げるに至った経緯、そして同社が目指すものを語った。
【画像】大胆ドレス!第77回カンヌ国際映画祭レッドカーペット
旧態依然とした日本映画界に風穴を開け、世界の市場に向けて展開していくために立ち上げられた K2 Pictures。現在、ほとんどの日本映画は映画会社、テレビ局、出版社などによって構成される製作委員会方式で作られている。
製作委員会方式では、配給会社やテレビ局といった取りまとめ役の幹事会社が受け取る手数料、そして配給権、番組販売権(テレビ放送)、国内配信権、商品化権、海外権をはじめとした各窓口手数料が高い。窓口手数料を得られるそうした権利は出資会社の間であらかじめ割り振られており、彼らにとっては赤字が出にくいシステムだが純粋な投資家にとっては儲けを期待しづらく、既存プレイヤーしか日本の映画ビジネスに参加できない排他的な世界となっている。
K2 Pictures CEOの紀伊は1995年、東映関西興行に入社して主に映画館で勤務したのち、シネマコンプレックスを展開するティ・ジョイで映画館の立ち上げをはじめ、エンターテインメント事業部でライブビューイングなどのオルタナティブコンテンツを扱い、OVAの劇場展開などに務め、東映株式会社に移ってからは映画『孤狼の血』シリーズや『犬鳴村』『樹海村』『牛首村』の“村”シリーズ、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』『THE FIRST SLAM DUNK』などの配給・製作を手掛けてきたプロデューサーだ。2023年4月に映画企画部ヘッドプロデューサーとして東映を退職し、同年、新たな形の映画製作を目指して K2 Pictures を創業した。
長年、劇場側から配給会社を見ていた紀伊は、シネコン全盛となって久しいこの業界で「配給会社は本当に必要なのだろうか?」という思いをぬぐえなかったのだという。「そもそもなぜ“配給会社”という概念が生まれたかというのは明快なんです。今も3,600スクリーンくらいありますが、1960年頃は7,000館ほどの莫大な数の映画館があり、それも今のようなマルチプレックスではないから1館1館にオーナーがいて、そのそれぞれと取引をする必要がありました。配給は映画と映画館があれば本来成立するはずのビジネスにおける“代理業”で、当時は映画館にある現金を回収してくることが一番の仕事でした。フィルムを届け、上映してもらい、お金の半分を回収、それぞれに契約書を書いて……という煩雑で大変な作業だったからこそ、配給という仕事が生まれたんです」
「でも今は興行収入でいうと、マルチプレックスの大手8社、9社くらいでシェアの約9割を持っている。ということは配給の仕事は主に9人と話をして、振り込んでくださいって言えばいいだけなのに、なぜかずっと配給会社って強いじゃないですか? それはおかしいんじゃないだろうかというのは20年くらい前からずっと思っていました。論理的に考えて、配給って本当に要るのかな? プロデューサーがやればいいんじゃないの? と」
ティ・ジョイ時代、日本のコンテンツを海外に展開することを目指す経済産業省の仕事を請け負ってインドネシアに出張を重ねた際に、その考えが理にかなっていることもわかった。「インドネシアにはシネコンチェーンが二つしかなくて、古い映画館がないんですよ。だから配給会社が存在しなかったんです。“アメリカ映画を輸入してきて配給する”という会社はあるけれど、インドネシア映画をインドネシアで配給する会社はないわけです。『ほらな!』と思いました。これは誰がブッキングしているの? と聞くと、二つしかないんだからプロデューサーがやっている、と。もちろんPRを司る人たちはいますけどね」
そしていざ配給・製作をする東映に移ると、その考えは一層強固になった。現在もクリエイターへの成功報酬制度自体はあるものの、高い幹事会社手数料及び窓口手数料によって残る利益が少ないため、成功報酬はたとえ発生したとしても極めて少ない。「いろんな人に『配給手数料ってこのパーセンテージでないといけない理由はあるんですか?』と聞いても、納得できる返答は得られませんでした。儲かった時は成功報酬でたくさんの人に返したいじゃないですか。監督、脚本家、俳優、スタッフ……皆しんどい思いをして作っているからこそ、還元したい。できない理由が前例主義的なものである部分も大きいなと感じたので、それはブレイクスルーできるんじゃないかと思いました。中にいるときは僕たちも既得権益側だったのでできなかったけれど、外に出たことでやれるんじゃないかなと」
そこで K2 Pictures では、日本コンテンツに興味がありながら接点を持てなかった国内外の会社が参加しやすいように、弁護士と会計事務所のサポートのもと、海外からの投資も想定した法律・会計基準を持つファンド「K2P Film Fund I(読み:ケーツーピー フィルム ファンド ファースト)」を立ち上げた。紀伊はカンヌでの発表の反響について、「やっと日本の会社で“世界の当たり前”をやろうとした人が現れた、って感じですよね。注目していた日本で、世界と同じ仕組みでビジネスができるんじゃないかと思ってもらえたようです」と明かす。
そして K2 Pictures では各窓口手数料を現在の半分以下にすることで、投資家とクリエイターへの利益還元を早く、多くすることを目指すという。ここでの“クリエイター”とは監督をはじめとしたトップに限らず、現場のスタッフまでが含まれる。その背景には、紀伊が現在の日本映画の制作現場に抱く危機感がある。
「若い人が全然入って来なくなっているんです。これは監督たちもみんな言っていることなのですが、制作の現場は緩慢なる死へ向かっています。でも、東映、東宝、松竹に就職したいという人は多いわけじゃないですか? ペーパーワークだけの人が金を稼いでいて、現場で汗かいて物を生み出している人たちは、作品が当たってももらえるお金は変わらない。僕らは“映画があるから映画業界は存在している”と思っているので、制作の現場に利益を還元したいんです」
さらに労働環境の改善に向け、映画界が2023年に発表した映適(日本映画制作適正化機構)のガイドラインを上回る完全休養日を設ける。「今の映適では、撮休日は週に1回。撮休は“仕事の休み”とは違って、撮影はしないけど準備をしたり、晴れたら撮影になって翌週に振り替えられたりもします。完全休養日は2週間に1回なんです。なのでそれを超えて、僕らは撮休週1回、完全休業日週1回にします」「今は負のスパイラルに陥っています。経験のある人たちが辞めていき、昨日まで学生だった人が、本当なら4番目の助監督なのに2番目の助監督になっていたりするんです。そんな状況だと失敗しがちなわけですが、誰にも余裕がなく常に圧迫されているとパワハラの温床になりすい。気がつけば、また一人辞めてしまう……。そういうのを改善し、もっともっとたくさんの人たちが入って来られるようにしたいんです」
そうした K2 Pictures のビジョンに賛同し、共に世界市場を目指した映画製作を進めていくパートナーとなったのは、岩井俊二監督、是枝裕和監督、白石和彌監督、西川美和監督、三池崇史監督、「呪術廻戦」「チェンソーマン」などのアニメーション制作会社MAPPAというそうそうたる面々だ。カンヌでのプレゼンにも登壇した西川監督は、尖ったオリジナル作品を生むのが困難な現在の日本の映画界についても言及していた。
紀伊は「製作委員会方式では、“オリジナルなものを作るのがリスク”という文化になっています。何でもそうだと思いますが、関わる人数が多くなると、どうしても企画の決定のプロセスにオーナーシップがなくなってしまいますよね。尖がった企画はなかなか通らない。“みんなが喜ぶもの”は丸いものですから」と切り出す。
「でも、世界ではオリジナルものほど価値がある。映画館もそうで、あの暗闇の中で新しい出会いや感動があり、観たこともないような映像を観られることが最大の価値。でも今、日本映画のラインナップはそうはなっていません。漫画で結末までわかっているものを観に行くわけじゃないですか? それも一つの楽しみ方ではありますが、それだけになってしまうのはよくない。本質的には、『この2時間で一体何が起こるのだろう?』という結末のわからない物語があるからこそ映画ってすてきなんじゃないかと思うので、西川さんの意見には完全に賛成ですし、だったらそういうものを作れるようにしましょうよ! ということなんです。このファンドは、僕らがそういう判断をできるようにするための仕組みなんです」
K2 Pictures の今後のラインナップとしては、「オリジナルもあるし、漫画原作もあるし、小説原作もある」とどこかに偏るのではなく、バランスよくやっていく。それは監督に関しても同様で、先述の著名な監督たちのみならず、映画監督デビューを果たすゆりやんレトリィバァをはじめ、広瀬奈々子、枝優花といった若手監督の作品も手掛けることが決まっており、紀伊は「勝ちながら次の世代を育てていかないといけない」とその狙いを明かす。
配給は2026年からスタートし、年間約10本の公開を目指し、年間の国内興行収入100億円というのが当面の目標だ。K2 Pictures は果たして、凝り固まった日本映画界を変える台風の目となれるのだろうか? 彼らの勇気ある挑戦に注目したい。(編集部・市川遥)