「鎌倉殿の13人」“親子”3人が三谷幸喜監督の新作映画で同窓会
三谷幸喜監督5年ぶりとなる新作映画『スオミの話をしよう』(公開中)は、長澤まさみ演じる主人公スオミが突然失踪してしまったことから、現在の夫と元夫たちが真実に迫る姿をコミカルに描いたミステリー・コメディー。そんな本作で、スオミの現在の夫である自分勝手な詩人・寒川しずおを演じている坂東彌十郎、4番目の夫・草野圭吾(西島秀俊)の部下・小磯杜夫役の瀬戸康史、そして神出鬼没なスオミの友人・薊(あざみ)役の宮澤エマは、三谷が脚本を務めた2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」から久々の再会。大河ドラマでは父子の設定で共演したこともあって、インタビュー中に宮澤が彌十郎に「父上!」と言って水を差し出すなど、終始笑顔にあふれ和気あいあいとした雰囲気。そんな気心のしれた3人が、三谷の脚本家、映画監督としての違いや、独特な演出についてトークを展開した。(取材・文:磯部正和)
彌十郎「父上!」の呼び声に緊張感がほぐれる
Q:三谷さんとは彌十郎さんは歌舞伎で、瀬戸さんと宮澤さんは舞台やドラマ、映画などでたびたび組まれています。どんな感じで出演のお話があるのですか?
瀬戸:三谷さんはとても恥ずかしがり屋さんなのか、言葉は少なくてメッセージなどで連絡をくださることが多いんです。今回も特別直接的な言葉があったというよりは、“瀬戸さんにやっていただいてよかったです。またこういう役があるのでお願いできたら”みたいな感じですね。周囲からどう見えているのかは分かりませんが、三谷さんからいただく役はいつもすごく難しい。独特の軽さが必要な役が多く、バランスに悩みます。だからこそ三谷さんからいただく“ありがとうございました”の一言ですべてが報われたような気持ちになります。
彌十郎:三谷さんから“映画を一緒にやってみたい”と言われたのですが、僕は映画の経験がほとんどなかったのでびっくりしました。もう一つ驚いたのは、今回の役柄について“『恋愛小説家』(1997)という映画のジャック・ニコルソンのようなイメージです”と言われたことです。たまたま旅行に行った帰りの飛行機でその映画を観ていたので、何か不思議な縁だなと。ジャック・ニコルソンほど格好いい感じにはできませんが(笑)。
宮澤:わたしも三谷さんからよくショートメッセージでご連絡をいただくので、そこが始まりだったような……。この映画の話は構想前の段階でお聞きしていたのですが“今回もお力添えください”みたいな感じでした。
Q:今回の撮影現場で特に印象に残っているエピソードは?
瀬戸:その場その場で台本から変化することが多いので、いろいろエピソードはあります。昨日やったことが翌日違うなんてことも結構ありますからね。
宮澤:映画は舞台よりも試す時間がないので、よりスリリングです。台本に書かれていない設定が急に飛び出したり、ト書きにないものを要求されたり。舞台でびっくり度合いに慣れているとはいえ、映像だとまたひとしお恐ろしいです(笑)。
彌十郎:僕もまさかスイカをあんなに食べるとは思わなかった(笑)。
瀬戸:あれは僕もびっくりしました!
宮澤:うまく種を飛ばしていましたね(笑)。
彌十郎:種だけじゃないんですよ。実ごと飛ばしていて……。
Q:寒川がスイカを食べながら歩き回るというシーンですよね。三谷監督が撮影現場で思いついたアイデアだったんですね。
宮澤:台本にないシーンで、私はその場にいなかったので、試写を観て初めて彌十郎さんがスイカの種を飛ばしているのを知ったんです(笑)。
瀬戸:1回リハーサルやって、そのあとテストしたら本番やりましょう……みたいな感じでしたよね。
Q:先ほど舞台だと稽古の時間があるので、台本にないことも対応できるけれど……と話されていましたが、本作では1か月ほどリハーサルの期間があったとか。
彌十郎:ダンス稽古も含めて、ですかね。寒川邸にたくさん寒川の写真が飾られているのですが、その写真の撮影だけで1日かかりました(笑)。
瀬戸:僕は3日ぐらいでした。
宮澤:期間は長めにとられていたけれど、私たちは毎日そこまでぎっしり稽古していたわけではなかったよね。
瀬戸:僕とエマちゃんはダンスもフリースタイル(笑)。
宮澤:そうそう、私たちのソロパートは放り投げられていましたよね(笑)。でも、瀬戸くんは振りを覚えるのが早くて、2~3回の練習でメインのところはできちゃった。
彌十郎:僕ら夫チームは大変でした。5人の動きを揃えないといけないからね。その意味で、稽古の段階からお二人がいてくれてとても助かりました。あまり「鎌倉殿の13人」から撮影期間も空いていませんでしたし、普段から「父上」って呼んでくれるので、それだけでも緊張感がほぐれました。特に映画の現場に慣れていないなか、2人がいてくれてとても気持ちが楽でした。
三谷組は撮影現場で百八十度方向転換も!
Q:映画監督としての三谷幸喜さんというのは、三人から見てどんな特徴がありますか?
瀬戸:今回僕が思ったのは、キャストはもちろんスタッフさんへの愛もすごい方だなと。メインとなった寒川邸のセットが本当に豪華だったんです。奥行きもあるセットで、三谷さんは全部をしっかり使おうとされていて。そこにはセットを作られた方へのリスペクトがすごく感じられました。
宮澤:三谷さんと言えば長回しというのが一つのスタイルだと思いますが、本当にカット数が少ないんです。1日3カットみたいな日もあって「本当にわたし映っているのかな?」って心配になるぐらい(笑)。その意味では舞台っぽくもありますよね。
彌十郎:僕は助かりましたね。カットをたくさん割ったり、もう1回同じことをやって、違う向きから撮って……みたいなのではなく、一連でやれると腑に落ちることも多いですからね。
宮澤:体力的にも負担が少ないですよね。こんなに早く終わる現場があるんだっていうぐらい(笑)。そこも三谷組ならではだと思います。
Q:三谷監督は長回しのシーンが多く舞台的だからこそ、舞台でたびたびご一緒された瀬戸さんや宮澤さんが頼りになるとお話しされていました。
瀬戸:そんなことを言っていただけると嬉しいですね。
宮澤:私たちは、三谷さんが“こうしてみてください”とおっしゃったら、よく分からなくてもとりあえず1回やってみる感じ(笑)。滑ることもありますが、最終的には三谷さんが笑うか笑わないか、です。
Q:そうすると、あまり決め込んで撮影現場に行かない方がいいんですね?
瀬戸:僕はどの現場でも基本的にセリフだけは入れて、あとは現場で考える感じです。例えば脚本の段階では、立ってセリフを言っているのか座っているのか分からないことが多いので。
宮澤:しっかり作り込んでいかないとできない役もあるので一概には言えませんが、三谷さんの現場では百八十度方向転換ということもたまにあります。
瀬戸:(スオミの1番目の夫・魚山大吉を演じた)遠藤(憲一)さんなんか前に言ったことと全然違うことを言われていましたよね(笑)。
宮澤:三谷さんの現場ならあり得るのよね(笑)。台本もト書きが少ないので、現場に行って判明することが多くて(笑)。
彌十郎:でも僕は楽しかった。キャストの皆さんもとてもいい方ばかりで、このメンバーならまたやりたいとずっと言っています。
「鎌倉殿の13人」の“ぷるっぷ”は「意味がわからなかった(笑)」
Q:三谷さんは「鎌倉殿の13人」は脚本家としての参加で、撮影現場にはほぼ行かなかったということでした。監督として入る今作とは脚本も違いましたか?
宮澤:「鎌倉殿の13人」の方が、ト書きはしっかり書かれていました。例えば私が演じた(北条時政の娘)実衣で言うと、旦那である(新納慎也演じる阿野)全成が亡くなるシーンとか。その場にいないからこそ監督業をやられているときよりも、ここぞというときはしっかり書かれていたような気がします。でも基本的には俳優に委ねてくださっているのかなと思います。
瀬戸:僕が演じた北条時房の「ぷるっぷ」(第37回「オンベレブンビンバ」で登場したセリフ)はト書きがなかったです。あの「ぷるっぷ」は意味が全くわからなかった。監督さんも“こんな感じなんですかね?”って俺らに聞くぐらいで(笑)。
Q:そんな三谷監督の信頼感は作品を重ねるごとにプレッシャーになったりも?
瀬戸:プレッシャーもありますが、「楽しもう」という気持ちの方が強いです。
宮澤:作品によって役割が違うので厳密にはプレッシャーという気持ちではないのかなと。特に今回の『スオミの話をしよう』で私が演じた役は実衣とはまったく別ものだったので。
瀬戸:エマちゃんはそうかもしれないけれど、僕が演じた小磯は時房と割と立ち位置が一緒だったから難しかった(笑)。
宮澤:確かに瀬戸くんはそうかも。総じて私と瀬戸くんは三谷さんの作品のなかでは飛び道具なんです(笑)。なので、どこか“どうにでもなれ!”と飛び込む気持ちではいます。とはいえ、過去の三谷作品における自分と同じでありたくないという思いもあるので、難しさはありますね。
彌十郎:僕は新参者なので。
宮澤:三谷さん、彌十郎さんのことが大、大好きですよね。私は三谷さんと彌十郎さんの「三谷かぶき 月光露針路日本 風雲児たち」を拝見していたのですが、その作品だけでも本当に大好きな役者さんなんだなというのが伝わってきました。
彌十郎:僕はプレッシャーというよりは楽しいという気持ちばかりですね。何よりも監督が求めていることがすごく分かりやすくて楽しい。だから「なんだよー」ということが一つもなかったんです。
瀬戸:僕から見ていても楽しそうでした(笑)。
宮澤:すがすがしいまでに嫌な奴を、あんなにも気持ちよく演じてくださるのでさすがだなと。
彌十郎:小磯は僕の信者なのに、本を貸したら「読んだら返せ」ってね(笑)。
瀬戸:お金持ちなのに、本1冊くれないんだって(笑)。あのセリフも現場で生まれたものですよね。
彌十郎:脚本では「本を渡す」だけだったんですよね。その場で追加になった(笑)。
三谷幸喜は「照れ屋さんで甘え上手で口説き上手」
Q:それぞれにとって三谷幸喜さんとはどんな存在ですか?
瀬戸:すごく照れ屋さんで甘え上手で口説き上手。三谷さん自身がとても愛される方なんだと思います。僕は「23階の笑い」(2020)という舞台が初めてだったのですが、いまだに僕のどこを気に入ってくださっているのか分かっていない(笑)。ただ三谷さんとご一緒して、俳優としてメンタルが強くなったというか、何でもやれる気がするようになった気がします。もちろん不安もありますが、どんな役が来ても、やってみたいという気持ちが強く出るようになりました。いろいろな意味で強くしてくださったし、豊かにしてくれましたね。
宮澤:私にとっては、きっかけをくださった人ですね。初めての映像作品が『記憶にございません!』(2019)だったのですが、そこから映像の仕事もやらせていただける機会が増えましたし、もともと翻訳ミュージカルものが多かったのですが、オリジナルの日本のミュージカルやストレートプレイの世界に連れていってくださいました。その意味では恩人でもありますし、誤解を恐れずに言えば、とても偉い年上のお友達というか(笑)。本当にくだらないことから、観た演劇の感想までショートメッセージで送らせていただいたり、ご飯に行かせていただくこともあります。
彌十郎:本当に、まずは感謝ですね。僕は三谷さんにお会いしていなければ、今みたいにこんなに映像作品に出させていただくことはなかったでしょうから。それは本当にありがたいなと思いますし、この歳で新たに知らない世界を勉強することができるのは幸せなことです。プライベートではこの間初めて食事をご一緒したのですが、僕が遅れて行ったので、ほとんどお話する機会もなく。歌舞伎の舞台も、映画の現場もほとんど仕事以外のことは話していないので……。正直どう思われているのかも分からない(笑)。
宮澤:もう好きすぎなんですよ(笑)。
彌十郎:でも演出されている言葉が僕には響くんです。それはすごく大きいですね。
瀬戸康史:ヘアメイク:小林純子 スタイリスト:田村和之
坂東彌十郎:ヘアメイク:永井絵美子(JOUER) スタイリスト:加藤あさみ
宮澤エマ:ヘアメイク:tamago スタイリスト:長谷川穣