『侍タイムスリッパー』クライマックスの“間”は黒澤明オマージュ 『マトリックス』のギミックも応用【ネタバレ解説】
自主制作映画ながら上映規模が全国153館に拡大され、SNSで旋風を巻き起こしている話題の映画『侍タイムスリッパー』を手がけた安田淳一監督がインタビューに応じ、手に汗握るクライマックスの撮影秘話や設定の裏話を解説した。(以下、映画のネタバレを含みます)
『侍タイムスリッパー』は、『拳銃と目玉焼』『ごはん』に続く安田監督の3作目となる長編映画。落雷によって幕末から現代の時代劇撮影所にタイムスリップしてしまった会津藩士・高坂新左衛門(山口馬木也)が、「斬られ役」としての第2の人生を歩むさまを活写した。時代劇パートは東映京都撮影所で撮影され、安田監督は脚本・編集など1人11役以上をこなしている。
斬られ役として頭角を現していく主人公・高坂新左衛門は、幕末の動乱を描く大型時代劇映画の敵役に抜てきされる。彼を指名したのは、時代劇のスターとして一世を風靡した人気俳優・風見恭一郎(冨家ノリマサ)。その正体は、新左衛門と幕末で斬り合った相手・山形彦九郎で、新左衛門よりも20年早く現代にタイムスリップしていた。
新左衛門は、佐幕派と倒幕派の人物描写を巡って恭一郎と対立していた。ある日、故郷・会津藩のたどった悲惨な末路が脚本に追記されると顔色が変わり、自分の中で膨らんでいく怒りを感じていた。クライマックスでは、そんな新左衛門と恭一郎がリアリティーを追求し、真剣を使って殺陣を披露する。
劇中では、新左衛門と恭一郎が斬り合うまで40秒近く無音状態が続く。安田監督曰く、これは黒澤明監督の名作『椿三十郎』のオマージュであるという。「あのシーンでは、黒澤監督の手腕をお借りしました。『椿三十郎』(の間)は41秒ぐらいだったと思うので、劇中では1秒短くさせていただきました。あれをスタート地点にしようというのは、初めから決まっていたことです」
『座頭市』で起きた事件をきっかけに、撮影所内では真剣を用いた映画撮影は禁止されている。真剣で斬り合っていると、観客を信じ込ませるにはどうすればいいのか? そこで安田監督が利用したのは、キアヌ・リーヴス主演の大ヒットSFアクション『マトリックス』の仕掛けだった。
「『マトリックス』の1作目は、香港映画がずっとできなかった『カンフーアクションにリアリティーを持たせること』を達成しています。これまでは、正義の味方が悪役とカンフーを披露した時点でマンガチックになってしまうことが多々あり、リアリティーの壁を超えられなかったんです。しかし、『マトリックス』では仮想現実(=マトリックス)で起こってることは現実であり、観客は仮想現実を受け入れるため、劇中で起きていることはあたかも現実であると錯覚するわけです」
「つまり『侍タイムスリッパー』の劇中劇で起こっている現実は、 フィルターを1回通して、観客も現実として受け取る効果を発揮したわけです。そうすると、最後の立ち回りは(実際の撮影では)竹光を使っているわけですが、劇中劇において真剣を使っていると提示できれば、お客さんは竹光=真剣と捉えてくれるのです。私はこれを『マトリックス』のギミックと勝手に言っております(笑)」
安田監督によると、無音状態の演出はさまざまなパターンを検討していたという。「呼吸音や心拍の音だけ残したり、『椿三十郎』は現場の音も入っていたのですが、実際にやってみると、無音が最も心拍数が上がる感じがしたんです。そこは、単なるオマージュだけでなく自分なりのアレンジを加えて作っています」
『マトリックス』のギミックを応用しながら、竹光を真剣に見せるために試行錯誤を繰り返した安田監督。「これは怖い! と思えたのは、 鍔(つば)迫り合いではなく、刀の歯が当たったまま押し切ろうとする動きです。ある意味リアルだと思ったんです」。立ち回りのシーンは3日を費やしたそうで、「本当に難しかったです」と振り返っていた。(取材・文:編集部・倉本拓弥)