柄本佑、道長が「この世をば」を詠むシーンは「雑念との戦い」
吉高由里子が紫式部(まひろ)役で主演を務める大河ドラマ「光る君へ」(NHK総合・日曜午後8時~ほか)で、平安貴族社会の最高権力者として語り継がれる藤原道長を演じる柄本佑。11月17日放送・第44回「望月の夜」では、道長の傲慢の象徴との説もある歌「この世をば~」を詠むシーンがあり、柄本がその裏側を語った。
道長が詠んだ「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたる事も無しと思へば」は、藤原実資の日記「小右記」に記された歌。道長の四女・威子が中宮となったことを祝う宴で詠んだもので、この時点で藤原彰子は太皇太后、藤原妍子は皇太后となり、三つの后の地位を道長の娘たちが占めた。これにより道長は権力の頂点に立ち、この歌は“この世で自分の思うようにならないことはない”という慢心を示すものという見方もあるが、本作では異なる解釈がなされた。
妍子(倉沢杏菜)が中宮となった日、道長は三人の后に「今日のよき日を迎えられましたこと、これに勝る喜びはございません」と礼を言うが、妍子は「父上と兄上以外、めでたいと思っている者はおりませぬ」と冷たい反応だった。さらに、その前の場面では公任(町田啓太)に「左大臣を辞めろ」と諭され、道長は孤立している状況だ。
柄本は、歌を詠んだ道長の心境について「44回で言えば、むしろ道長が孤立していく展開。これまで帝(三条天皇)に譲位を迫っていたけど、自分が摂政と左大臣を兼務することになったことで“左大臣を辞めろ”と言われ、今度は自分の番なのかと。そんななかであの歌を詠むので、苦虫をかみつぶすかのような、半泣きの状態だったはず。やけくそになって詠まなければという思いだったんじゃないかと。演出の黛(りんたろう)さんとも、“道長がいよいよ追い詰められていくところで最後にこれを詠むって、一体どう詠むんですか? といった話をしていましたが、最終的には“今夜はよい夜だ”という意味合いで詠むというふうな感じでした」
詠み方に関しては、ドラマの芸能考証を担当する友吉鶴心の指導を受けたというが、柄本は「あの……難しいですね」と苦戦した様子。「第36回で道長が妻の倫子(黒木華)の前でまひろに返歌を贈るシーンでも友吉先生に来ていただいてかなり練習をして、詠み方も教えていただいたのですが、望月の歌のときも来ていただきました。僕、ミュージカルで歌わせていただいた経験もあるんですけど、雑念がね……。良く歌いたいとかいう雑念が邪魔をする。それを友吉先生にお伝えしたら、先生もそれが一番難しいということをおっしゃっていました。まひろへの返歌もそうだったのですが、フラットに読むと逆に何か意図してしまうことがあったりするので、友吉先生の詠み方を真似て、しかるべきやり方でやっていたような気がします。あとは“ここまでは一気に詠んで、ここは止めない方がいいよ”といった具体的な指示を受けながらといった感じです」
道長が歌を詠んだのち、道長の周りに銀粉が舞うカットが映し出され、道長がまひろに視線を送る。このとき、道長はどのような思いだったのか……?
「正直、僕もよくわかってないです。ただ、あの日は宴のシーンとあって大人数だったこともあり、かなり撮影が押したんですよね。そのためわーって感じでやっていました。銀粉が降っていたのだけは覚えているんですけど。銀粉といえば黛さんなので。これは僕の発見というか解釈なんですけど、たびたび台本のト書きに書かれているまひろへの“万感の思い”という描写しかり、そういうときの道長は自信に溢れているというよりまひろに“ここから救い出してくれ”みたいな意味合いなんじゃないかという気がします。まひろに対しては強がりもせず、素の三郎(道長の幼名)であるっていうことが、多分今作においてはすごく大事だなと思っていたので。だから、僕としてはそんな意味合いでやっていたような気がします」
そうして最高権力者となる道長だが、柄本は「道長は、ある時点から本当に嫌だったんだろうなって思うんですよ。結局僕はそこに落ち着いたかな」と想像を巡らせる。
「権力を持ち、その采配をし、そういったことが、この人は最後まで合っていなかったんだなって。2人の兄(道隆・道兼)が亡くなって、自分がそういうところに行かなきゃいけないってなったぐらいから、もうずっと嫌だったという感じがしますね。だから藤原道綱(上地雄輔)のような自由な人柄に憧れがあったりするんじゃないか、道綱とずっと仲がいいんじゃないかとも。僕は、道長は道綱のことを多分すごく好きだなって思っているんですけど。政治に携わるにしても、兄貴がやって、自分はそれを傍から見て、いたりいなかったりして、のんびりしていたかったんじゃないかなっていう気がしますね」
そんな道長にとってはまひろだけが唯一の心のよりどころ。まひろが彰子に仕えるようになってからというものの、道長がたびたびまひろの局を訪れるシーンがあり、視聴者の間では「来すぎではないか」とツッコミも上がっていた。
「これまでいろんな理由をつけてまひろのところに行っていましたが、あそこが割と生き生きしているっていうか。愚痴は吐いているけど、まひろの顔を見るとほっとするし、安心するんだと思います」と救いを求める道長の胸中に思いを馳せていた。(取材・文:編集部 石井百合子)