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是枝裕和監督「阿修羅のごとく」リメイクは四姉妹の「自立」重視 現代の視聴者に向けアップデート

左から綱子(宮沢りえ)、咲子(広瀬すず)、巻子(尾野真千子)、滝子(蒼井優)
左から綱子(宮沢りえ)、咲子(広瀬すず)、巻子(尾野真千子)、滝子(蒼井優)

 1979年、1980年にNHKで放送された向田邦子の名作ホームドラマを是枝裕和監督がリメイクするNetflixシリーズ「阿修羅のごとく」(世界独占配信中・全7話)。時代設定はNHK版と同じく1979年だが、現代の視聴者に届けるにあたってキャラクター像などがアレンジされており、是枝監督がその意図を語った(※一部ネタバレあり)。

【画像】宮沢りえ、尾野真千子、是枝裕和監督ら「阿修羅のごとく」メイキング

 「阿修羅のごとく」は、年老いた父に愛人がいたことが発覚したのをきっかけに四姉妹それぞれが抱える葛藤や秘密が浮かび上がっていくストーリー。NHK版では夫を亡くし、生け花の師匠として生計を立てる長女・綱子を加藤治子、会社員の夫と二人の子供と暮らす専業主婦の次女・巻子を八千草薫、図書館で司書として働く堅物の三女・滝子をいしだあゆみ、喫茶店の店員で、ボクサーの卵と同棲する四女・咲子を風吹ジュンが演じており、Netflix版では綱子が宮沢りえ、巻子が尾野真千子、滝子が蒼井優、咲子が広瀬すずとなった。なお、Netflix版も同じ話数の7話で制作されている(※NHK版は第一部が1979年、第二部が1980年に放送)。

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 是枝監督がNHK版のドラマを全話観たのはリアルタイムではなく大学生のときのこと。八千草薫のファンだったことがきっかけで観始めたものの、そのときにはまだ強い印象は持っていなかったという。

 「向田さんの『寺内貫太郎一家』(※1974年にTBSで放送された大ヒットドラマ)などは観ていましたが、NHKのこの枠(土曜ドラマ枠)を必ず観る習慣がなかったこともあり、放送当時は“なんかすごい音楽が鳴ってるな”ぐらいの印象でした。八千草薫さんのファンだったことがきっかけで数話観たけど、当時は先に山田太一さんや倉本聰さんにハマっていたこともあり、そこまで強い印象を受けたわけではなかった。向田さんを意識し始めたのは本格的に脚本を書こうと思い出した大学の後半で、そこでいろいろな作品を見直したりシナリオを読み直したりした中で観た感じです。全話把握したのは、順番で言うとドラマよりもシナリオが先だったと思います」

 「阿修羅のごとく」は2003年に故・森田芳光監督が映画化(※四姉妹を大竹しのぶ黒木瞳深津絵里深田恭子が演じた)するなど、時代を超えて親しまれているが、その理由について是枝監督は「四姉妹のキャラクターの描き分け。おそらく演出家の目から見ると誰もが“この4人でやってみたい”と夢想する設定だと思う」と話し、2015年に公開された自身の映画『海街diary』とも結びつきがあるという。

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 「先に『海街』を撮ったけれど、僕の中では四姉妹ものといえば『阿修羅のごとく』の方が先。『海街』もいろいろな切り方、解釈の仕方があると思うけど、僕は父親がいなくなることによって三姉妹が四姉妹になり家族になっていく物語だという風に思っている。『阿修羅』はその逆で、母親がいなくなることによって、それまで結束していたかのように見えた四姉妹が対立し、亀裂が浮き彫りになっていく。そういう意味では二作品が表と裏とも言えるのではないか」

メイキングより是枝裕和監督

 「阿修羅のごとく」は、真面目で寡黙な父・恒太郎に長年愛人がいたことを三女の滝子が偶然知り、姉妹を招集するところから始まる。是枝監督はシナリオの面白さを、こう語る。

 「父親の浮気は、池に放り込まれた小石のようなものであって、実はその下ですでに対立は起きている。それは第1話での姉妹のやり取りを見ていてもわかる。父親の浮気問題でみんながざわざわしてるけど、実は巻子はその話よりも夫の浮気の方が気になっていて、夫・鷹男に間接的に毒を吐いている。そして滝子と咲子の根深い確執があそこで浮き彫りになるし、それは決して父親の浮気が原因で起きているわけではない。その事件をきっかけにあの家族が長年抱えてきた問題がふっと見えてくるのがすごくいい。そういう描き方が面白いなと思うし、そういう描き方をしたいなとも思いました」

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~以下、ネタバレを含みます~

 是枝監督がリメイクするにあたり初めに考えたのが、次女・巻子のキャラクターをいかにアップデートするかということ。例えば、第1話で四姉妹が浄瑠璃「日高川入相花王」を観た帰りに実家に集まり、母・ふじ(松坂慶子)、父・恒太郎(國村隼)、巻子の夫・鷹男(本木雅弘)らと寿司を食すシーンでは、「このうちで一番怖いのは巻子じゃないの?」とふと言った綱子に鷹男は「うちだってもうすぐ20年だ。大体女房が何考えてるかくらいわかりますよ」と余裕を見せ、綱子が「甘い甘い、それじゃやられちゃうな鷹男さん、(後ろから)グサッて」とツッコミを入れる。それに対して、巻子はすかさず「あら、やるなら正面からよ」と返す。この巻子のセリフはオリジナルのもので、NHK版の巻子よりも“黙っちゃいない”人となりがのぞく。

 「そのままの設定だと、おそらく巻子が一番共感しづらいキャラクターになってしまうなと思った。専業主婦で夫の帰りを悶々としながら待つ女性を、どうすれば大きく変えずに、アップデートできるのかというのは考えました。最終的には夫をやり込めて勝つ方向に着地させてみようというふうに。同様に、咲子もNHK版だと芽の出ないボクサーと同棲していて、夫に従属していく感じだけど、むしろ彼女の自己実現のために恋人を成功させるというふうに逆転して、少しずつ全員の女性像を自立させて、自己肯定感を強める方向に輪郭を変えていきました」

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尾野真千子演じる次女・巻子

 アレンジと言えば、巻子と綱子が観る薪能の演目が「班女」から「杜若」に変えられている。これは、NHK版で向田が小津安二郎作品を意識したであろうことから取り入れたという。

 「向田さんはホームドラマにセックスを持ち込みたいというコンセプトでこのドラマを書き始めていて、演出の和田勉さんとの間で話題になっていたのが小津映画だった。それでシナリオを書くにあたってずいぶん小津作品を参照しているらしい。小津映画で能が出てくるのは『晩春』(1949※父の元を離れたがらず結婚を拒絶するヒロインの物語で、男性と性的関係を持つことを嫌悪しているのが見て取れる)。紀子(原節子)が父・周吉(笠智衆)と見に行くと、そこに父の再婚相手と疑う女性がいる。そこでの紀子と女性の目線のやり取りで延々と映し出されるのが『杜若』だった。あのシーンは『晩春』から持ってきているはずで、そこから取りました。それと、滝子が実家に戻ってきたときに父親の部屋に布団を運んできて隣で寝るシーン、あれもおそらく『晩春』から来ている。そういうふうに、間接的に小津を引用したシーンがいくつかあります」

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「阿修羅のごとく」といえば縁側!

 そのほか目を引くのが、実家・竹沢家や四姉妹の住まいなど、1970年代を再現した美術。とりわけ実家の家屋は物語の設定上、「縁側」「木戸」を備えていることが必須となり、この条件を満たした物件は「すさまじく大変だった」と是枝監督は振り返る。

 「制作部が頑張ってくれました。(鎌倉を舞台にした)『海街』のチームを中心にしたスタッフが鎌倉を熟知していたおかげですね。竹沢家のみならず、四姉妹の家それぞれにリアリティーをもたせつつ描き分けました。昭和初期からある家。例えば巻子の家はあの時代の部長クラスが住む一戸建てで、東京からちょっと離れている。一番お金のない咲子が住む風呂なしアパートなど、四姉妹の住環境の違いは結構こだわって美術を三ツ松けいこさんと話して作っています。巻子の家にある壁かけの金魚の水槽なんかは実家にある調度と違っていて面白かったですね」

 『誰も知らない』(2004)、『歩いても 歩いても』(2007)、『そして父になる』(2013)、『万引き家族』(2018)、『ベイビー・ブローカー』(2022)などで、さまざまな家族のかたちを描いてきた是枝監督が、新たな家族劇の傑作を生み出した。(取材・文:編集部 石井百合子)

参考文献:
「阿修羅のごとく」(文春文庫)向田邦子著
「向田邦子、性を問う  『阿修羅のごとく』を読む」(いそっぷ社)高橋行徳著

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