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『シャンハイ・ヌーン』で得た名声をどう思いますか?
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J |
(ジャッキー・チェン以下J)「アジアではビッグスターは僕ひとりだけ。でもアメリカでは僕はスターの中のひとりにすぎない。でも『シャンハイ・ヌーン』は今まででいちばん成功しているからこれからどんどんいい方向に変わっていくだろうね。」
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スタント無しでやっているというのは本当ですか?
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J |
「本当だよ。ジャッキー・チェン映画はフレッド・アステアやジーン・ケリー映画のようなものなんだ。トリック無し!特撮なし!アステアやケリーのようなダンサーからはいろいろ学んだよ。」
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どのようにやるんですか? |
J |
「リズムだよ。これがいちばん大事なんだ。リズム感を持たない運動選手は大成しないだろ。パンチにもキックにもステップにも正しいリズムがあるんだ。そのリズムを見つけなきゃならないんだよ。」
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そのようなトレーニングをどこで受けたのですか? |
J |
「香港の中国歌劇研究所でだよ。本当だよ。両親がぼくが7才の時にそこへ入学させたんだ。朝5時から真夜中まで、週に7日、10年以上も音楽、ダンス、マーシャル・アーツを学んできた。千占元(Yu
Jim-yuen)先生のもとでね。先生はぼくの師匠。先生から僕はいろいろ教わった。先生は自分のお金でぼくを食べさせ服を着せ守ってくれたんだ。めんどうを見てくれた。中国歌劇の最高の訓練をぼくにしてくれたんだ。チャールズ・チェンは陳港生(チャン・コン・サン/ジャッキーの本名)の父で、ジャッキー・チェンの父は先生なんだ。」 |
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これだけ成功してもまだジャッキー・チェン映画を作るのは難しいですか?
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J |
「悲しい事にそうなんだ。それが僕が常に自分の映画をコントロールしている理由だよ。ジャッキー映画を作るにはそれが唯一の方法なんだ。自分がコントロールしていればぼくを覚えてくれる観客ができるしね。」
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何か哲学はもっていますか?
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J |
「自発性。それが僕の人生の哲学だ。僕の生活にスケジュールは無いんだ。アポをとったりするのは嫌いなんだよ。自分がしたい時にしたい事をするんだ。」 |
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ご家族について教えてもらえますか? |
J |
「妻がいる、とてもいい妻だよ。昔は林鳳嬌という台湾の女優だった。あと息子がいるよ。1983年に生まれてアメリカではジャクソンと呼ばれているんだ。両親はチャールズ・チェン、リーリー・チェン。今はオーストラリアに住んでいるよ。僕が成長するまでは香港のオーストラリア大使館の使用人部屋で暮らしていたんだ。父はコックで母は家政婦をやっていた。それから1960年にオーストラリアへ移って父はアメリカ大使館でコックをしていた。」 |
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スタントを自分でやっていると傷が絶えないでしょう?
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J |
「そのとおりだよ!傷はいっぱいあるんだ。映画を作る時に怪我をするのは大事な事だよ。でも心配しないで、ただ映画を見にいって!」
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あなたのヒーローはシルベスター・スタローンだと聞きましたが。
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J |
「またまたそのとおりだよ!シルベスター・スタローン…彼のボディは美しい。彼はそんなに身体は大きくないんだ。アクション・スターの中にはもっと大きい人がいる。でもスタローンのボディは各部がとてもクリアに見えるんだ。」 |
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あなたの好きな監督は? |
J |
「スティーブン・スピルバーグだよ。彼はすばらしい才能を持っていてベストな監督だ。彼と一緒に仕事をしてみたいよ。ジェームズ・キャメロンとジョージ・ルーカスとも働いてみたいな。」
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あなたの好きなアメリカのミュージカルは?
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J |
「『サウンド・オブ・ミュージック』だよ。僕の好きなアメリカ映画だ。7回見たよ。他に7回も見た映画なんて無いな。『ゴッドファザー』でさえもね。バスター・キートンはアメリカ映画の僕のアイドルなんだ。若かった頃彼からいろんな技を盗んだよ。」 |
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好きなアクターは? |
J |
「ジョディ・フォスター。彼女には才能がある。監督のやり方もわかっている。すばらしい女優だし、昔は子役だった。女優の中にはきれいなだけという人もいるが、彼女はほんとうに映画の作り方を知っている。」
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テレサについて教えてください。 |
J |
「テレサ・テン。彼女はポップ・スターでぼくは彼女が大好きだった。自分の方がもっと好きだけどね。心は2つの主に仕える事はできないからね。彼女は1995年に43才でぜんそくで亡くなったんだ。」
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現在はどこが活動の拠点ですか?
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J |
「カリフォルニアだよ。ビバリーヒルズに300万ドルで大きな家を買ったんだ。ベッドルームは4つ、大きな車庫、プールがあるよ。」 |
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好きな音楽は? |
J |
「ゆったりとした音楽。そういうのが好きなんだ。ゆっくりしたテンポの曲はぼくの英語を改善してくれる。女の子に『いつも君の事を想ってるよ。』なんて言う時にね。」 |
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あなたはよくブルース・リーと比べられますよね?嫌になったりしませんか?
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J |
「そうだね。彼が亡くなった後、ぼくは自分を彼に似せようとした、いっしょうけんめいにね。でも失敗した、それで自分らしくやろうと決めたんだ。おどけ役をやるんだ。リーはやらなかった。カンフー映画に始めてユーモアをもたらしたのは僕だよ。ブルース・リーは一度もやらなかった。」
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人はあなたをマッチョだと思ってますよ。
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J |
「マッチョ?僕が?ぼくはマッチョじゃないよ。アメリカ映画のヒーローはマッチョ的すぎるよね。ぼくは絶対にマッチョじゃない。自分はクレイジーだってわかってるけど、危険は冒さないよ。」
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あなたはアクションの振り付けが無い唯一のアクション・スターだと聞きましたが、事実ですか?
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J |
「事実だよ!振り付けされたアクション…そうだね、ヴァン・ダム、(スティーブン)セーガル、(チャック)ノリス…彼らは細かく決められたファイトをやるんだ。僕はやらない。そういうやり方は必要な激しさを奪ってしまうと思うんだ。僕は現場でファイトを組み立てるのが好きなんだよ。僕はよくあたりにある物を使うんだ、椅子とかカートとかベンチとかね。」
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ジャーナリストに私生活をのぞき見されそうになった時は、どう対処していますか?
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J |
「嘘をつくよ(笑)。以前に、僕はよく個人的な質問はしないでくれって言ってたんだ。よく嘘もついていた。ジャーナリストに恋人はいるのかと聞かれればいないって答えていた。だって一度恋人がいるって答えたら、ある女の子のファンが自殺しちゃったんだよ。地下鉄に飛び下りたんだ。他の女の子はぼくのオフィスで毒を飲んだ。でももう嘘はつかない。嘘をつくのは嫌いだからね。」
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今、わたしに何か嘘をついていますか? |
J |
「ノー!(笑)たぶんね。」 |
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世界のあちこちに自分の家があるんですか?
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J |
「派手なホテルは嫌いだからそうしたいと思ってるんだ。五つ星のホテルに泊まるのは好きじゃない。一緒に働いている人たちと暮らせるアパートメントが欲しい。または家ね。」 |
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失敗した最悪のスタントは何ですか? |
J |
「ユーゴスラビアで40フィートの木から飛び下りた時かな。自分では簡単に思えたんだけど、頭皮がはがれたんだよ。耳や鼻から血が吹き出した。で、ユーゴスラビアは国から出してくれなかったんだ!手術から7日経ってやっとパリのアメリカン病院に移る事が許された。スタントを失敗するのって嫌いなんだ。」 |
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学校には長くは通わなかったんですか? |
J |
「学校には通ったけど、あまりいい教育は受けられなかった。英語も上手に話せないし中国語の読み書きもできないんだ。読む方は覚えたけど書く事は全然できないんだ。」 |
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あなたは潔癖症だと聞きましたが…… |
J |
「悪い言葉とダーティなジョークに関してね。僕の映画には悪い言葉もダーティジョークも出てこないんだ。セックスシーンも無いから、家族で見れるし誰も気恥ずかしい思いをしないよ。『ラッシュアワー』で床に落ちてる新聞を拾ってゴミ箱に捨てるシーンがあるんだ。子供たちを教育したいんだよ。」
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あと、あなたはこう呼ばれるのが嫌いだと聞いたのですが…… |
J |
「チビって言われる事ね。ほとんどの人に172cmだって思われてる。僕は179cm、72kgだよ。忘れないで載せてね!」 |
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アメリカで映画を撮るのは好きじゃないと聞きましたが。
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J |
「アメリカでは自分が撮りたい映画を撮れないんだ。先ず、保険会社がやらせてくれない。アジアにいた時からどこの保険会社のブラックリストにも僕の名前が載っていた。アメリカでは特撮が全てだ。本物のアクションは無い。僕はリアリティが欲しいんだよ。」 |
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(ジェニー・ピータースJenny
Peteres/訳 松尾敦子) |