話題のお正月映画が続々と公開されるなか、長くベールに包まれていた『ギャング・オブ・ニューヨーク』が、いよいよ登場。ディカプリオ・ファンもスコセッシ・ファンも、心待ちにするこの映画。19世紀のニューヨークを舞台に、美しく野性的な人間ドラマが展開される。先ごろ来日したトム&スピルバーグ監督に続き、またもやハリウッドの大物コンビ、レオ&スコセッシ監督が東京を訪れた。
レオ(以下LD):この作品には、とても長い時間と大きな努力が費やされ、誇りに思っているよ。僕自身も知らなかったような、アメリカの歴史が描かれた作品が出来上がったんだ。
スコセッシ監督(以下MS): 1989年以来の来日だね。僕が日本映画に受けた影響は計り知れない。日本映画から受けたインスピレーションは、この作品にも大きく反映されているんだ。
軽く伸ばしたヒゲが男っぽいレオと、小柄ながらも風格を漂わせるスコセッシ監督。2人の大物は、山のように集まったマスコミを前に余裕の笑顔を見せ付ける。早速、質疑応答が始まった。
Q:キャメロン・ディアスとのラブシーンで、ずいぶん叩かれたということですが、その時のエピソードを教えて下さい。
LD:これこそが、スコセッシ流の撮影だと思うよ。彼の撮るラブシーンは、僕が慣れているような優しいものとは違って、とても激しいものなんだ。愛に満ちているんだけど、同時に怒りにも満ちている。キャメロンが僕の頬を叩くシーンは、正直言って、あれほど本気で叩かれたのは初めて。その代わり、出来上がりは素晴らしいものだった。『ボーイズ・ライフ』のマイケル・ケイトン=ジョーンズ監督には、「痛みは一時的なものだけど、映画は永遠だよ」と言われたことがあるよ。
Q:この作品は、ニューヨークのテロ事件の影響で公開が延期になりましたが、こうして作品が完成し、間もなく公開となる、今の心境は?
MS:71年に企画を考えてから、様々に変貌し、シナリオも何度も変わった。いよいよ撮影にかかる時、この物語の中に、思いのほか現代の社会が存在することに気付いたんだ。世界はどんどん小さくなり、個人の権利が重要になっているけど、この作品も、異なる人種や宗教を受け入れることをテーマにしている。テロ事件が起きて作業がストップし、このメッセージが事件にどう影響するか、2、3ヶ月話し合った。その結果、人々があの事件を受け止められるようになってから公開することにしたんだ。しかし、だからといってあの事件で映画の内容が変ったわけではなく、2001年に公開されていても、同じ映画になっていたと思うよ。
Q:巨匠と呼ばれるマーティン・スコセッシ監督と仕事をして、これまでと変わったところ、影響を受けたところはありますか?
LD:スコセッシ監督は、巨匠の中の巨匠だよ。監督と一緒に仕事をすることは僕にとってひとつのゴールだったので、今回のチャンスには飛びついたんだ。役者にとって、スコセッシ監督の影響は大きい。彼ほど映画に対して情熱を傾けている人と仕事をすると、自分もそうならざるを得なくなる。彼にとって、映画は生活そのもの。ディテールにこだわり、大変な集中力を持って仕事をしているんだ。僕にとっても、今までにないほど映画に打ち込めた、忘れがたい経験だったよ。
Q:役作りのために、長期間ウェイト・トレーニングをしたそうですが、肉体的、精神的にどんなことを意識しましたか?
LD:撮影はローマのチネチッタで行われ、劇団のように時間をかけ、まるで演劇を作っているようだったよ。特に、歴史の事実と復讐劇の感情を、うまくバランス付けることに気を使ったんだ。最初に6か月間トレーニングをしたけど、撮影が延びて、結果1年間のトレーニングになったんだ。これは楽しいことじゃなかったけれど…。アムステルダムは実在の人物ではないけど、アイルランド人の息子で孤児になった少年がどんな人生を送っていくか、想像しながら役作りをしたんだ。彼は悪いこともするけど、彼なりに一生懸命生き、周囲も彼を生かそうとする。その背景には、当時とても実験的だったニューヨークの町があるんだ。様々な人種や宗教を持つ人々が集まり、共存しようとする中で、この孤児の少年がどう生き延びるかを演じるのは、僕にとってとても面白い体験だった。
Q:お2人がそれぞれ、気に入っているシーンはどこでしょうか?
LD:特に好きなシーンは、ダニエル・デイ・ルイスが演じるビル・ザ・ブッチャーと、ブレンダン・グリーソンが演じるモンクとのシーン。出来事が起こる速さが、僕の好みに合っているんだ。
MS:レオとキャメロンのラブシーンが好きなんだ。噛み付いたりして荒っぽいけれど、いかに2人が愛し合っているか、よく現れているよ。その後、ビル・ザ・ブッチャーがアムステルダムとしんみりと話すシーンも、好きだな。
Q:監督は日本映画に大きな影響を受け、それがこの映画にも反映されているということですが、特にどのような点に反映されているのでしょうか?
MS:僕は50年代から、日本映画の大ファンなんだ。ラストの乱闘シーンは、黒澤監督の『乱』からインスピレーションを受ている。もちろん『乱』には及ばないし、状況も違うけど…。撮影中は、俳優やスタッフに、三船敏郎の『椿三十郎』や、小林正樹監督、今村監督や大島監督の日本映画を観せたんだ。『椿三十郎』では、俳優たちの態度を研究させようと思ってね。アクションに関しては、日本映画はバレエのようにエレガントだけど、この映画ではもっと野蛮になっているよ。
Q:長い撮影期間、どのようにテンションを保って役を演じていったのでしょうか?
LD:僕は長期の撮影には慣れているから、とくに大変だった実感はないよ。俳優同士にも連帯感が生まれ、僕たちが見たこともないようなセットの中で、本当にあの時代にいるような気分で撮影ができた。あのセットは、あの時代の感覚やエッセンスをうまく集約しているよ。スコセッシ監督ほど映画を愛する人々に囲まれて仕事をしていると、早く帰りたいという気は起こらなくなってくる。撮影7か月目に、監督から「こんなに(期間が)かかって悪いね」と言われたけど、僕は「あと8か月でも喜んでやるよ。これは僕にとって夢が実現したプロジェクトなんだから」と答えたんだ。スタジオがローマであったことも良かった。週末には遺跡や博物館を訪れて楽しんだよ。
Q:共演者のダニエル・デイ・ルイスの印象は? また、共演者とのエピソードを教えて下さい。
LD:エピソードはたくさんあるよ。彼に対して、なぜもっと映画に出演しないのか、という声がよく上がるけど、一緒に仕事をしてその理由がわかったよ。あれだけ集中して演技をすれば、続かないのだと思う。まさに全身全霊を傾けて演じる俳優だよ。
MS:僕が覚えているのは、レオとキャメロンのラブシーン。その時キャメロンは風邪をひいていたけど、どうしてもそのシーンを撮らなくてはいけなかったんだ。それで撮影をしたんだけど、レオは翌日に大事なシーンを控えていて、その頃にはキャメロンの風邪は直り、代わりにレオが風邪をひいてしまった。「このシーンは来週にしよう」と言っても、レオは頑として聞かず、その日にやると言い張る。それで、1シーン撮影してモニターを見ていると、レオが突然セリフを止め、じっと動かなくなった。「どうしたんだ?」って聞くと、「突然、頭の中が真っ白になった」って! そんな状態でもまだ役に入っていたのだから、本当にすばらしいよ(笑)。少しだけ、と、ようやく寝かしつけたら、1日半寝ていたよ(笑)。
Q:スコセッシ監督は、ニューヨークを舞台に様々な現代劇、また今回は歴史作品を撮っていますが、この町にどのような思いを抱いていますか?
MS:私はニューヨークで生まれ育ち、すべての人生経験をこの町でした。ニューヨークという町のフィルターを通して生きてきた。映画作りにおいても、私の創作の根源はニューヨークにあるんだ。ニューヨークでは昔から、混沌とした文化があった。最初にアイルランド人が移住し、次にイタリア人が来て、今やとてもシックな町になっている。19世紀、アメリカに民主主義が根付いたとき、ニューヨークに根付くなら、どこにでも根付く、という象徴的な意味を持っていた。ニューヨークは、様々なものが混在する世界のシンボルだ。そこが、僕はとても好きなんだ。
Q:お2人の、今後の作品の予定は?
MS:レオが僕に脚本を送ってきたんだ。また、一緒にやろうということになっているよ。
LD:物語は、ハリウッドを舞台にした、若き日のハワード・ヒューズを描いた作品。8年ほど前に初めて読み、それ以来暖めてきたんだけど、最近になってようやくいい脚本が出来上がったんだ。来年の3月には撮影に入るよ。
MS:僕は、『アメリカン・ブルース』という音楽のシリーズ企画にも取りかかっている。ヴィム・ヴェンダースやクリント・イーストウッドなど、7人の監督が自分の好きな音楽のドキュメンタリーを作る企画なんだ。来年中には完成したいと思っている。
11月20日(水) パークハイアット東京にて
(取材・文/竹内詠味子)
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