『ありがとう』特集
60歳を目前にプロゴルファーを目指した赤井英和演じる古市忠夫の真心こもった熱い名ゼリフの中から、特に胸にグッとくるフレーズをピックアップしてご紹介します。
焼け跡をぼう然と見つめる妻や子どもたちに対して、男気あふれる父親としてのセリフを放つ忠夫。カメラ店を経営していたとはいえ、それほど、儲(もう)かる商売ではなかったために、住むところもなく明日食べる食料もままならない先の見えない現実は、一家にとっては深刻を極める事態だ。それゆえ、この時点ではこの忠夫のセリフには何の現実的な根拠もなく、単なる精神レベルでの意気込みであることは明らか。そのうえ、地元の消防団に属して被災した人々のために奔走する忠夫の姿を見ていれば、当面の間はまったく収入が見込まれず、妻・千賀代の心労も想像にかたくないのだ。しかし、忠夫には誰にも負けないド根性と、崩壊した神戸の街を復興させようという並々ならぬ決意、愛する家族を楽にさせてやろうという強い思いがあった。確かにあの状況であれば誰でも口走るしかないとも思われるが、過酷な現実を前になかなか言えるセリフではないですぞ!!
仮住まいで涙を流す妻・千賀代に責められて切り返す忠夫のセリフ。一家だんらんの生活は戻ったものの、子どもたちの将来や自分たちの未来に対して千賀代の不安は募る一方だ。忠夫は「テレビに出ているわけの分からないオッサンと同じようなことを言い出しよるの」と千賀代になじられるが、そんな妻に対して忠夫は震災の中で見た人々の顔の種類を説明する。「ボーゼンとなって動かんようになってしまった人の顔、人のことなんかどうでもええ、自分のことしか考えない人の顔、ただただ人のために動く顔、どれも人間や。自然の顔や!」としながら、自分がどんな人間になりたいのかを考えつつ、誰かに生かさせてもらっていることのありがたさを知り、残りの人生を精一杯生きると決意する忠夫。生死を分かつ状況の中でこそ、その人間の本質が出る。そんな人間にまつわる真理と極限の状況下でも人間らしさを失わなかった忠夫の心の大きさが垣間見られる名セリフなのだ。
一緒にプロテストを受けに来ている青年・中岡史郎を激励する忠夫の言葉。何度もプロテストを受け続けている史郎にとって、今回試験に落ちることはゴルフとの決別を意味していた。そのため、強烈なプレッシャーに襲われ、成績も落ち込む一方。プレー中にミスを連発してしまう苦しい心中を忠夫に明かすのだ。そんな悩める若者を忠夫は開き直りともいえる考え方で励まし、勝負に対する精神力を鼓舞する。忠夫の言い出しの言葉が「お前落ちてみぃ!」なので、最初は勘違いしそうになるが、これは「緊張する気持ちを解放しようぜ!」って意味。大金がかかるプロテストに落ちれば後がないのは忠夫も一緒だが、スランプの史郎をこれ幸いと叩き落そうとはせず、共に戦う相手と一緒に奇跡を起こそうと願う忠夫。被災した仲間の希望を一身に背負っている忠夫は、いつどんなときでも相手の立場になって気持ちを思いやる優しい心の持ち主。そんな人柄が分かる名アドバイスだ。
※社団法人日本プロゴルフ協会(PGA)が実施するプロゴルファー認定試験のうち、「トーナメントプレイヤー(TP)」と呼ばれるプロテストは「プレ予選(2日間)」・「1次予選(2日間)」・「2次予選(3日間)」・「最終予選(4日間)」と4つのステージに分かれており、毎年1回行われる。合格基準は最終予選を終了し、上位50位までの者。約500名が参加するプレ予選から最終予選では150名に絞られ狭き門となっている。受験料は受験資格者によってばらつきがあるが、プレ予選は約5万円程度、そして各回でかかるため、最終段階で約50万円程度かかるのが一般的。合格後は約40万円の入会金を支払う。また全国に実施会場が少ないため、滞在費などの諸経費を含めると総額で 100万円を超える受験者も少なくない。
これまで不屈の闘志を胸にプロテストで着実に成績を上げてきた忠夫だったが、最終ホールでボールがスプリンクラーに当たってしまい、OB寸前のピンチを迎える。林の中にボールが飛び込み、一打もムダにできない苦しい局面の中、忠夫は初めて弱気になるが、ずっと一緒にホールを回ってきたキャディの飯島美子がまるでマンガのような斬新な打開策を提案!! 「そんなアホな!」と最初は忠夫も切り返すが、最終ホールを回る際に美子に対して「今日1日、コース上で夫婦になってくれへんやろか?」と頼んだことで一心同体、信頼関係を築いたことで生まれた美子の言葉を信じてミラクルショットにトライすることを心に決める。これはもともとプロテスト用の資金を捻出してくれた妻の千賀代が忠夫にかけた言葉だが、忠夫が最後の最後で火事場の馬鹿力を発揮するときに頭ふとをよぎるのだ。そんな崖っぷちにたたされた忠夫に最後は奇跡が訪れるのか? 結末は映画でゼヒ!!
ゴルフのプロテストを受ける直前、ロッカールームの鏡に向って自分にハッパをかける忠夫のセリフ。「あんとき」とは、もちろん阪神・淡路大震災に被災したときのことで、自分の店も家も友達もすべてを失った忠夫にとって確かにコワイ物などないのだ。焼け跡に唯一残った無傷の自分の車とゴルフバッグに自分の進むべき道を感じた忠夫は、月に3回程度の趣味だったゴルフの、プロテストに挑戦することを決意。プロゴルファーになる「奇跡」を信じて猛進してきた忠夫の胸に去来する思いは、相当なものだったに違いない。家族にはあきれられ、20代ばかりの若き受験生の中、50歳を過ぎてのムチャな挑戦に思えたが、アマチュアではそこそこの成績を残してきた忠夫。腕前には多少の自信があり、テストを受ける前は知恵を働かせた激しい肉体改造を繰り返し、血のにじむ努力を重ねてきた。すなわち、これは単なる神頼みではなく、すべてをやり尽くしてきた男の心の叫びなのだ!!