『椿山課長の七日間』伊東美咲 単独インタビュー
家族にはどんどん愛情を
注ぎたいタイプです
取材・文:鴇田崇 写真:中島正之
浅田次郎の人気小説「椿山課長の七日間」が映画化された。朝日新聞に連載中から幅広い世代からの支持を集めていた同作は、突然死した主人公の椿山課長が3日間だけ家族に会うために現世に戻るというファンタジーだ。誰もが共感する椿山課長は西田敏行が演じ、椿山課長が魂を宿すために体を借りる美女は伊東美咲が演じた。そんな難役に挑んだ彼女に、映画のことや作品に流れるテーマ、女優という仕事について話を聞いた。
西田さんに励まされて挑んだ2人1役
Q:『椿山課長の七日間』はとてもすてきなファンタジーでしたが、伊東さんはどんな感想をお持ちになりました?
なんとも言えない優しさに包まれた作品です。それは原作を読んだときの読後感と同じだったのですが、死をテーマにした話だけかと思ったら、本当に笑いあり涙ありという感じで、とても奥深い作品だと感じました。気分転換にもいい作品ですし、生きることや家族のこと、いろいろなことを考えさせられる作品ですよね。自分の周りにあるものすべてを大切にしたくなるすてきな作品に仕上がっていると思いました。原作者の浅田先生が、映画をご覧になってどんな感想をお持ちになったか気になりますね。
Q:椿山課長は西田敏行さんとの“2人1役”という難しい役柄でしたね。演技上、不安はありませんでしたか?
西田さんとの共通点はあったものの、どこまでやったらいいのか気になりましたし、「本当に同じように見えているのかな?」っていう怖さもありました。自分では西田さんをイメージしながら演じていても、スクリーンではそう観えないってこともありますからね(笑)。その点は撮影中、監督に確認しながら演じていました。
Q:西田さんとの仕事は初めてではないと思いますが、同じ役を演じる上で、事前に相談をされましたか?
お忙しい方なのでメールで連絡をとらせていただいていました。撮影初日に「共通点をうまく観せられれば大丈夫。やれるよ!」ってメールをいただいたので、あまり悩まずにできたんです。西田さんとは出身地が同じなので、ちょっとしたお国言葉を入れようってアイデアをもらって。そうしたらふたりが同一人物に見えるかなって。あとは西田さんの動作ってイメージがあるじゃないですか(笑)。子どもや部下とのスキンシップのシーンも、セリフで言葉を交わすだけより肩をたたいたりするほうが自然かなと思ったので、そういうしぐさは取り入れるようにしましたね。
自分が得意とする分野の役は絶対に必要
Q:監督の河野圭太さんはエンターテインメント作品の演出に定評がありますが、実際どんな方でしたか?
とても優しい方でした。細かい部分でご指導をしてくださるのですが、基本的に好きなようにやらせてくださる方なんです。その俳優の個性を伸ばして自由にさせてくれるというか。最初にお会いしたときに「この作品で一番伝えたいことは観終わったときになんともいえない優しさで包まれる作品、優しさが心に残る作品」っていうことだとおっしゃっていて、わたしも同じ思いで演じていました。監督やスタッフ、共演者の方と気持ちを共有していれば、ひとつの目標に向かって突き進んでいける気がします。
Q:そんな素晴らしいマインドを共有できるのも映画ならではですね。ほかに何か新たな発見はありましたか?
基本的に得意分野の役って必要なのだと思いましたね。あるベテランの俳優さんがインタビューで「得意分野でやっていくのが一番いいんだけどね」っていうことをおっしゃっていたんです。対極の役も、もちろんあると思うのですが、ハマリ役や自分が得意な役ってあるじゃないですか。そこを伸ばしていけたら一番いいと思うんです。わたしはコメディーを観るのも演じるのも好きですし、戸惑わずにできるんです。その意味ではコミカルな役が自分には向いているのかなって思うんですよね。
Q:『椿山課長の七日間』はコミカルな要素も多いですが、シリアスな作品などはどうですか?
シリアスな役で自分を追い込むことは体力がいりますよね。もちろん仕事ですし、やらなければいけないことですが、対極な役のときは気持ちを作るのに時間がかかるので、監督に導いていただきつつ演じることができたらいいですね。演じるお仕事は日々勉強ですし、「これだ!」ってものをデビューからまだ6年目の時点ですでに見極めがついていたら、逆に怖いかなって思いますけど(笑)。
後悔しないように生きたい
Q:ところで今回の『椿山課長の七日間』では、ご自身のどんなところを特に観て欲しいでしょうか?
椿山課長はあの世からこの世に戻ってきて“重大な事実”を知ってショックを受けるのですが、根底には周りに愛され、周りを愛している椿山がいます。わたしも家族にどんどん愛情を注ぎたいタイプなので、その思いは演技に表れていると思います。
Q:映画で描かれる“重大な事実”のように、これまで知らなければ良かったことってありましたか(笑)?
それはあるでしょうね……。たぶん(笑)。『椿山課長の七日間』で描かれるほどの“重大な事実”があれば、かなりの衝撃ですよね! 映画での椿山課長はいろいろなショッキングな事実を受け止めなければいけないんですけど、やっぱり……。これ以上は、映画をご覧になって確かめていただきたいですね(笑)
Q:“重大な事実”の数々も含めて、そう考えると『椿山課長の七日間』では勉強になったことも多そうですね。
そうですね。いずれ訪れる死というものに対して、恐怖とかそういったものがなくなりましたね。この映画は笑って泣ける映画ですし、来世も幸せなところで生活できるんじゃないかって思わせてくれますよね。そうは言っても、今を後悔しないように生きることがとっても大事なことじゃないかと思います。
自分を見つめ直すことができる女優という仕事
Q:後悔しないように人生を生きていく中で、女優というお仕事を続けている最大の原動力とは何でしょうか?
仕事上、役に没頭することが多いので、なかなか自分自身でいられる時間が少ないんですけど、休みになると本来の自分と向き合えるんです。「人としてわたしってこうでいいんだ」って自分を見つめ直す時間や、友人と過ごす時間は大切ですね。
Q:普段の自分ではない自分になって、より一層、自分の内面を知ることができるのは女優業の醍醐味(だいごみ)ですよね。
そうですね。このお仕事をしていなかったら、ここまで「自分自身とは?」って自問自答することはなかっただろうなって思います。このお仕事を通して、自分を見つめ直しながら人生を選択していきたいですね。
Q:最後にズバリお聞きしますが、伊東さんにとって演じること、もしくは、演じるお仕事って何でしょうか?
それは難しい質問ですよね(笑)。今はとても充実して仕事と向き合えているので、十分だと思っています。いくら目標を決めていても年々やりたいことが多少は変わっていくものですし、ちょっと先のことは分からないかな。今は演じることが一番楽しいですし、現場でたくさんの人たちとかかわれることが幸せです。
仕事に対する考え方から自分の得手不得手まで、飾らない言葉ではっきりと語る伊東美咲。その姿に、日本を代表するトップ女優としての自覚と責任感をひしひしと感じた。彼女が演じた『椿山課長の七日間』の“絶世の美女”同様、まさにその言葉がピッタリと当てはまる美しさもさることながら、常に自分と向き合いながら背伸びをしない潔い性格も人気の秘訣(ひけつ)に違いない。彼女の得意分野が今後ますます拡がって、大躍進を遂げることを確信できた。
衣装協力:Theory/エンゾー・アンジョリーニ
『椿山課長の七日間』は11月18日より東劇ほかにて公開。