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『長い散歩』奥田瑛二 単独インタビュー

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『長い散歩』奥田瑛二 単独インタビュー

虐待シーンを撮るときに、

シーンは過激でも心を優しくして撮った

取材・文・写真:シネマトゥデイ

監督デビュー作となった『少女~an adolescent』、そして『るにん』と次々に力強い作品を世に送り出している奥田瑛ニ。日本を代表する俳優でありながらも、監督としての才能は国内外の映画祭でも高く評価されている彼が、3作目のテーマに選んだのは“児童虐待”だった。観る者の胸にグサリと突き刺さるリアルな描写で、名優・緒形拳演じる初老の男性と、虐待を受けている少女の逃避行を描いた『長い散歩』。本作で、第30回2006年モントリオール世界映画祭のグランプリ、国際批評家連盟賞、エキュメニック賞の3冠を受賞した奥田監督に話を聞いた。

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社会の病巣を描きたかった

奥田瑛ニ

Q:虐待シーンがとてもリアルでしたが、リサーチなどされたのでしょうか?

1年ぐらい前から、資料とか、あとは東京都の児童福祉相談所とかに行きましたね。最近、毎日のように“幼児虐待”関連のニュースが報道されているじゃない。身近な問題なんだよね。身近な問題だけど、他人が踏み込めないシステムみたいなものがあって、調べていく間、それが一番歯がゆかったね。母親や父親って、「本当にその人が父親や母親をしているんだろうか?」っていう、人間対人間として本当に成立しているのかどうかが一番重要だと思うんだよね。「わたしの子どもなんだから、わたしがどうしようが勝手でしょ」なんて言うのは間違いだよね。子どもを育てるって、母親の手ひとつにかかっていると言っても過言じゃない。調べていくと、すっごい優しくて、きれいで、上品なお母さんが、実はとんでもない虐待をしていたとか……。そういうのも驚いたし、周りの人が気づいたら、どんなことがあってもその子どもを救ってやらないと。

子役との撮影は忍耐勝負!

奥田瑛ニ

Q:リサーチしていく過程で映画の企画が練り上がったのですか?

もともと企画はあって、社会の病状みたいなものを映画の中で取り組んで行って、映画にしたいと思ってた。緒形拳さんを主役にして何が撮れるかって考えたときに、子どもと老人でやってみたいと思った。だったら、虐待をテーマにしてやれたら、映画として意味があると思ったんだよね。

Q:最初に緒形拳さんがキャスティングで決まっていたのですか?

クランクインする4年くらい前に、テレビコマーシャルの撮影で緒形さんとご一緒して、「大俳優である緒形さんの“今”の代表作を撮ってみたいな」と思ったのがきっかけで、僕もチャンスだと思った。それで、緒形さん主演で、ストーリーを考えていった。

Q:監督と俳優両方の立場でお仕事をされて、いかがでしたか?

監督業は楽しいよ。俳優からうまく転職できたかなって思う(笑)。

Q:監督から緒形さんに演出指示をするときに、難しかったところはありましたか?

早めに僕の撮りたいことを理解してもらわないとならないから、迷わず言いたいことは言わせてもらって、それで、緒形さんに3日目ぐらいには理解してもらえて、それから撮影はうまくいったね。

Q:横山幸(サチ)役の杉浦花菜さんも素晴らしい演技でしたよね。子どもを演出するのは難しかったのでは?

これはね、奥田マジックっていうのがあって、誰にも言ってないんだけど(笑)。実は、遠隔操作してるんだよね(笑)。でも、子どもだからね……もうそりゃ忍耐だよね。僕の映画は長回しが多いから、カメラのファインダーから彼女を見てるでしょ。そうすると、彼女は僕の顔を見るんだよね。「見るんじゃない!」って思わず怒鳴ったこともあったんだけどね。緒形さんも相当大変な思いをしていましたよ(笑)。でも、あの子の偉いなぁと思ったところは、雨の中、裸になって「クソジジィ!」って言うシーンがあるんだけど、あのときに「触るなー!」って演技したんだよね。そこら辺は演技指導していなかったから、びっくりした。やっぱり女優魂が芽生えてくるんだろうね。

虐待シーンを撮るということ

奥田瑛ニ

Q:サチちゃんが暴言を吐いたり、「熱い」を「痛い」と言ったりするシーンがありますが、虐待児独特のリアクションなのでしょうか?

劇中で、サチちゃんは熱いものを食べたことがないんだよね。牛乳とメロンパンや、食べ残しの冷めたカップ麺とかね。熱い物を食べたことがないのに、「熱い」とは言えないんだよね。殴られたり転んだりした経験はあるから「痛い」とは言えるけど。だから、嫌なことは全部「痛い」になっちゃうんだよね。

Q:演出していく上で、こだわった点はありますか?

こだわったというか、過激なシーンを撮る上で、撮り手側はエキセントリックなシーンだから、夢中になるんだよね。でも夢中になっている自分に反省するんだよね。というのも、夢中になるとネガティブな波動というか想念がスタッフの心を侵食して、カメラを通して虐待をする母親役の彼女を悪魔主義的に映し出してしまう。それは「イカン」と思った。だから、虐待シーンを撮る朝、スタッフ全員集めて、「シーンは過激であっても、みんな、心を優しくして撮りましょう。そうじゃないとフィルムが汚れ、良い映画ができない」と言って撮影しました。

Q:劇中では松田翔太さんが途中から加わって、花菜ちゃんの表情も変わっていきましたが、順撮りだったのでしょうか?

松田くんが加わってから杉浦花菜の目がキラキラしちゃってさ(笑)。それはそれで良かったんだけど。緒形さんと松田くんを見つめる目が全然違うんだよ(笑)。

現代は、みんな余裕がない

奥田瑛ニ

Q:自分の周りで虐待が行われていても、なかなか助けることができない人たちがたくさんいると思うのですが。

人を救えないってすごく悲しいことだよね。まだまだ、社会の仕組みが良くない部分もあるかもしれないけどね。1人で救う勇気がなければ、近所の人とかが救ってやらないとね。

Q:監督が演じた刑事が最後に言う「人に余裕がない、みんなに余裕がない」というセリフがありますよね。本当に、そう感じます。

世界中そうだよね。行き詰まっているよね。人と人が優しい気持ちと温かい心、そして人を愛することはどういうことかをきちんと考えないと、ずっと行き詰まったままになると思う。「わたしは大丈夫」と、自分の子どもだけをかわいがっていても何の意味もない。まずは自分の子どもからかわいがろうというところから始めないと。モントリオール映画祭で子どもが3人いる主婦が、この映画を観て、家に帰ってから子どもを5時間抱きしめたんだって。クリスマスにプレゼントをあげて「わぁ、ありがとう」って抱きしめるんじゃなくて(笑)、胸が張り裂けるような思いで人を抱きしめたことがあるかって100人に聞いたら3人くらいしかいないんじゃないかと思うよ(笑)。


“児童虐待”という重いテーマを選び、それを演出した奥田監督は、作品を語るときも、いつになく真剣な様子をみせた。3人の娘の親として“児童虐待”をリサーチしていくうえで感じたいら立ち、そして憤りを作品にぶつけた……そんな迫力が奥田監督の言葉ひとつひとつから感じることができた。5歳で見事な演技力を見せた杉浦花菜について撮影時の苦労を話しながらも、父親のような顔で「あの子はすごいんだよ!」と目を細める。彼の映画から伝わってくる独特な優しさは、奥田監督の愛情の深さの現れということが分かるインタビューとなった。

『長い散歩』12月16日より渋谷Q-AXシネマほかで公開。

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